中村剛彦 映画にとって詩とは何か⑧
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『イノセント』論 その一
   ──わたしたちの内なるファシズムを凝視せよ

「われはきく、よもすがら、わが胸の上(うえ)に、君眠る時、
 吾は聴く、夜の静寂(しづけさ)に、滴(したゝ​​​​​​​り)の落つるを將(はた)、落つるを。
 常にかつ近み、かつ遠み、絶間(たえま)なく落つるをきく、
 夜もすがら、君眠る時、君眠る時、われひとりして。」   
         ──「聲曲(もののね)」ガブリエレ・ダンヌンチオ(上田敏『海潮音』より)


一、存在の淵から

 真夜中の渦潮が巻く海辺で聴く音楽というものがあるとするなら、もうすぐ死んでもいいと思える刹那の、生の「断絶」の音楽であろうと思う。打ちつけられる波濤の迫りくる飛沫音はほとんど、己の内部ではじけては去っていく生の倦怠であり、ほとんど精液が迸りきった後の、虚脱の眩暈のなかで鎮まる、生の残響だ……。
 ルキノ・ヴィスコンティのすべての映画を見終わるとき、そのような生の放恣の残響に満ちており、ヴィスコンティ作品を知った若いころから、わたしの人生に破滅と甘美の混ざり合ったエロティックな倦怠感を落としてきた。
 以来、何度も観てしまう。その倦怠感は、度々わたしの思春期から青年期に起きたさまざまな性的な危機によって増幅されてきたが、もはやその危地の倦怠感それ自体がわたしの内部にぴったりと重なり合い、永続する生の快楽と苦痛の常態となっている。そして、以下のような、一見ヴィスコンティとは無関係な、二十世紀の哲人による文言に悶絶するのである。ここに、ヴィスコンティが生涯追及した「権力への意志」、「神と自己」といった、ニーチェ以来、現在もわたしたちを支配している存在論が述べられている。

 「私たちは、私たちのうぬぼれの挫折と傷の蔭に生きている。狂気にまで激化した私たちの権力欲は、この世界で満たされうるものではない。造物主の本能とその猛り狂う激情とを満たすに足る空間はこの世には存在しない。
 私たちは、敗北を喫した私たちの征服意志への慰めを宗教のなかに探し求める。そしてこの世界に別の世界を加えては、夢のような勝利を期待できると思うのだ。私たちはこの世の呪われた限界のなかでの窒息の恐怖から宗教的人間になる。だから、不屈の魂がおのれに認める唯一の敵は、「永遠」なるものである。これこそは打倒せねばならぬ者、征服すべき最後の砦である。」(E.M.シオラン『涙と聖者』金井裕訳、紀伊國屋書店、1990、p143)

  この「思想の暗殺者」とでもよべる二十世紀の異端の哲人シオランがここで述べる「永遠」とは何か。この問いが、今回三年ぶりに再開する「映画にとって詩とは何か ヴィスコンティ論」の焦点である。シオランは二十一世紀に再評価が著しいが、特に昨年2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻以降の不穏な時代にこそ読むにふさわしい、第二次大戦の戦乱によって故国を失ったヨーロッパ・ディアスポラの哲人である。
 その哲人が上記引用で述べている「永遠」とは、結論から言えば、人類がけっして手に入れられない「時間」であり、また「領土」である。どのような絶対権力者も必ず「永遠」に到達することなく死ぬ。この当たり前のことをあえて哲人が述べるのは、わたしたち現代人があらゆる危機を乗り越えるべく、最終的に「宗教的人間」となって「永遠」を手にいれられると盲信することへの警鐘である。ここでシオランが「打倒せねばならぬ者」「征服すべき最後の砦」としているところの「永遠」掌握への野心、それは哲人が呪詛しているナチズムを胚胎していたニーチェの「永劫回帰」であるが、卑近な日本の例でいえば、オウム真理教問題然り、統一教会問題然り、世界を見渡せば、「9.11」以降のイスラム原理主義のテロリズム然り、逆にKKKをはじめとするキリスト教原理主義による排斥主義然りであり、さらには、もはや一度滅んだ大ロシア帝国復活を夢見ているかのようなロシア正教を利用する独裁者プーチンの野望然り、逆にカントの「永遠平和」や「ユートピア」を実現できるという妄信に突き進みながら、民主主義の正義の名のもとにアラブ・イスラム諸国の罪なき人々を殺傷していく西側諸国の得体の知れない野心然りである。
 回りくどいことを述べたようであるが、つまりは、二十一世紀において「永遠」などという呑気な言葉を述べる時代ではなくなったということをわたしは述べたいのであって、これこそがこのヴィスコンティ論をいま再開する理由でもある。なぜなら、映画とは、特にヴィスコンティ映画とは、「永遠」という神的領域と、「現在」という非-神的領域をつねに対峙させ、その対立の火花を上げさせるところの極点だからである。 

 この「永遠」と「現在」との対立は、「夢」と「現実」の対立と言い換えてもいい。ルキノ・ヴィスコンティは、「神」が支配していた中世からつづくミラノ名門貴族ヴィスコンティ家の末裔であり、かつ二十世紀初頭の共産党に入党し、ファシズムが支配した世界現実へのレジスタンスの両翼を担った人物である。そして芸術という虚構の中で熾烈にその両者を対峙させた芸術家である。このことは、二十一世紀の現在における世界を分断する対立軸にまでつづく今日的命題でもあり、ヴィスコンティ映画を観ることとは、現在進行形のわたしたちが生きる世界の分断の本質を観ることにつながるのである。
 以下、そうした観点から、最晩年の作品『イノセント』(1975)について語る。おそらく『山猫』論を超える回数にわたると思う。というのも、この作品こそが、ヴィスコンティがもっともわたしたち人間精神の内面にレンズを向けた作品だからである。そして、あの「ファシズム」とは何であったのか、いや西欧人にとって、そして日独伊同盟で枢軸国であったわたしたち日本人にとって「ファシズム」は何であったのかを炙り出し、さらには現在のわたしたちの分断された世界にある「ファシズム」を抉りだすのである。

二、.映画『イノセント』における「ファシズム」と「エゴイズム」 

 しかし、そうした「ファシズム」、さらには「永遠」と「現在」、「夢」と「現実」を考えた場合、この二十一世紀はそのような問題を考える前に、もはや「壊滅の世紀」と名付けることもできるかもしれない。はたして二十二世紀は来るだろうか。来るとすれば「壊滅」の先にある、「ゼロの世紀」であるかもしれない、などとわたしは考えるのである。わたしは頭が変になっているわけではない。確率論として、核戦争がいずれ起きる可能性は低くないのであるから、二十二世紀がやってくるとしても、そのとき、「永遠」も「現実」も「ファシズム」も「ユートピア」もどうでもよく、「勝者」は「ゼロ」だということである。その後、この世界を誰が支配しているかは、誰もわからない。AIですら、そのときは波打ち際に消え去っていく可能性はある。
 ただ、人類が滅亡するまで、わたしたちは他者を愛することも確かである。ラース・フォン・トリアーの傑作SF『メランコリア』では、巨大隕石衝突による地球壊滅までの間の人間行動の最終形は「愛」であった。それゆえ、登場人物個々のエゴイズムは映画が進行するにつれて削ぎ落とされ、最後は極めて倫理的で凡庸な、利他的な「愛」のみが残存して感動的でもあった。
 ヴィスコンティ『イノセント』はその逆をゆく。徹底してエゴイズムに徹する。いや、『イノセント』にとどまらない。ヴィスコンティの全ての作品はエゴイズムの究極を見定めようとしている。このような映画作家はわたしの知る限り他に類を見ない。

 わたしが考えるに、ほとんどの映画は、常に大衆を平凡な利他的倫理、エゴイズムを否定した「愛」を扇動するプロパガンダである。低俗な言い方をすれば、いわゆる「純粋な愛」の流布である。ここに「ファシズム」の根源的問題があるのであるが、それは今は語らないとして、人々が映画館に行き、主人公の利他的な人生をともに生き、自らのエゴイズムの醜さを脱ぎ捨て、己のエゴイズムを忘れ去られる快楽を得られるのが、今日の大方のエンターテインメントとしての映画であると言える。
 この点、ヴィスコンティ映画は、己のエゴイズムの醜さそのものへと観客の眼差しを差し向け、観客の精神の逃げ場を塞ぐ。つまりわたしたちのエゴイズムそのものを直視するように展開する。そしてそれこそが戦後イタリアの「ネオ・リアリズモ」の出発点であり本質である。本サイト「ナラティヴ ナラティヴ」で連載中の玉城入野氏の「映画の地層⑨「普通に生きたい」という願い──ベルナルド・ベルトルッチ『暗殺の森』」でそれは簡潔明快にに論じられている。
 わたしのこの連載「映画にとって詩とはなにか」でも、これまで論じてきたヴィスコンティ絶頂期の「ドイツ三部作」は、二十世紀ヨーロッパ政治における「エゴイズム」、その内部に生きる芸術家における「エゴイズム」、そして破滅していく前近代ヨーロッパ貴族における「エゴイズム」を余すところなく抉り取っていることを指摘した。その詳細は、これまで書いた論に委ねるが、映画『イノセンス』は、さらにわたしたちすべての人間精神の内奥に潜んでいる「エゴイズム」を抉り出す。いわば我々自身の内奥にある「ファシズム」のエゴイズムをである。一例を原作から引く。

 「そして私は自分が愛の対象となっていること、永久に愛されていると感じることが喜ばしかった。私の墜落、卑劣さ、弱さはすべてこの幻影に支えられていた。私は知的な男性が誰しも抱く夢を現実の中に移しうると信じていた。──つねに貞節をつくす女性に対してつねに不実であるという夢を。」

 これは映画『イノセント』の原作、ガブリエレ・ダンヌンツィオ『罪なき者』(脇功訳、1979、p45)に記された、十九世紀イタリア貴族の主人公トゥリオの自己洞察の一節である。
 この小説はダンヌンツィオがヨーロッパ全土へと名を知られることになった十九世紀末に出された出世作であり、当時のイタリア貴族の、来る二十世紀の貴族社会崩壊の予兆を捉えたものであるが、あらすじはいたって単純である。

 ──十九世紀末イタリア貴族の末裔の性欲旺盛な男が、セックスができなくなった病弱な妻を裏切り不倫をしつづける。しかし、その妻は非貴族の偉大な作家とセックスをしてその子を孕む。主人公の男は妻が産んだその作家の子を、クリスマスの夜に殺す。──

 ただこれだけである。しかしこの小説がなぜにファシズムと通じるかといえば、男性・女性を問わない人間のエゴイズムの闇を追求しているからである。その闇とは、単なる男女間の「不倫」=「裏切り」という定式以上に、「他者」への決定的な「不信」からはじまる行動原理につながる闇である。そしてこの「不信」からなる行動原理が、二十世紀初頭のイタリア「ファシズム」運動へとつながることになるが、この点はそう簡単にはわたしたち日本人には解明できない近代イタリア史における文化、政治の流れがあることも汲み取らねばならない。
 この点は次回以降に回すとして、ではそもそも「ファシズム」に対して、わたしたちは絶対的な「悪」であるところの「ファシズム」しか知らないことに、この作品を観ると驚くのである。わたしたちは、けっして許されてはならない「優生思想」を生んだ「ファシズム」、そしてよく知られるようにハンナ・アーレントが「悪の凡庸」と喝破した最低限の人間性の欠如を生んだ「ファシズム」しか知らない。そうしたわたしたちの知る「ファシズム」と、映画『イノセント』における「ファシズム」の原理的な精神運動は乖離している。

 ヴィスコンティは『イノセント』を撮る動機が、「世紀末の貴族社会の偽善を描いたダヌンツィオの作品が、ファシズムを準備する精神状態にあるが故に意味がある」(蓮實重彦「囁きと銃声 ルキノ・ヴィスコンティの「イノセント」)と述べているが、果たしてわたしたちは「ファシズム」と「世紀末の貴族社会の偽善」がどのようにリンクしているか、ほとんど理解していない。単にアウシュビッツの悲劇をもとに「ファシズム」=「悪」という中学教科書で学んだだけである。教育によって当たり前とされたそうした「事実(ファクト)」を、陰謀論者は「洗脳」として疑うが、わたしはその「事実(ファクト)」を疑わない。むしろその「事実(ファクト)」を、もう一度掘り下げなければ、実はわたしたち日本人がいまも背負っている戦前の日本版「ファシズム」について本当の理解をせずに曖昧に戦後日本を論じてしまうことになり、ヴィスコンティ作品の本質を見誤ると危惧するのである。

三、『イノセント』論・序

 ヴィスコンティ『イノセント』の原作者ガブリエレ・ダンヌンツィオは、イタリア・ファシズムの理念的・美学的支柱となった詩人であり作家である。しかしこの作家が作り出したファシズムの美学は、あの禍々しい優生思想とは無縁の、きわめて俗的な男根主義であり、あまりに軽薄で弱々しく、他力本願的で、幼稚な精神性によって支えられている。しかし、その弱さ、その幼稚さが、ニーチェ的ニヒリズムに濾過され、何者をも打ち崩す、狂的な力を得ていく。「弱さ」が「ニヒリズム」を経て「強さ」へと変貌するのである。少し長いが、原作『罪なき者』中の、主人公が犯罪行為を犯す前の自己分析的内省の記述を引用する。

 「私の過度の知性的発達も、私の多重的精神構造、私の本質の根底にあるものを、私の家系に遺伝的に伝わる隠れた基層的な性格を変えることは出来なかった。均衡の取れた精神構造を持った弟の場合は、思考と行動はつねに相伴っていたが、私の場合は、思考が優位を占めながらも、しばしば異常に激しい力で発言する行動的な衝動を抑えることが出来なかった。要するに、私は激越な意識の持主であり、脳の中枢のある部分が異常に発達し、そのため正常な精神生活を営むのに必要な均衡が破綻していたのである。自分自身の明確な観察者である私は、自分の中に抑えることの出来ないあらゆる原始的な衝動がひそんでいることを知っていた。幾度となく私は不意に犯罪的な行為に対する誘惑を覚えたこともあった。幾度となく自然に残忍な本能が湧いてくるのを感じたこともあった。」(同書p142)


 「ファシズム」精神の本質には、こうした理知的かつ脆弱なニヒリズムに貫かれた冷たい自己客観性が伴っている。ダンヌンツィオ『罪なき者』はおそらくイタリアにおいても日本においてももはや読まれることはないであろうが、このような精神構造は、格別特殊なものではなく、今日のわたしたちの中にも自然にあるものである。
 つまりわたしたちの中にある自己冷笑的「ファシズム」を照らし出すのである。この点は、「ファシズム」の思想的源流であるフロイトの精神分析やヘーゲル哲学の流れを汲むイタリアの哲学者ジェンテーレが述べた「行動主義」、さらにはエズラ・パウンドや三島由紀夫へと連なる「行動主義」を紐解かねばならないが、これも次回以降に回す。

 とにかく、ヴィスコンティの戦後キャリアのスタートが、ファシストの処刑の記録からはじまったことは以前この論で述べたが、中世ミラノの大貴族の末裔ルキノ・ヴィスコンティの血に流れる「永遠」性のなかには、確実にファシズムと通底するものがあったことは、その作品群を俯瞰すると分かるだろう。だからこそ、晩年にこのダンヌンツィオを選んだといえる。ヴィスコンティにとって己の内の対峙すべき「ファシズム」、それがいかに現在のわたしたちの内なる「ファシズム」と連動しているかを見つめながら、これからヴィスコンティが命懸けで残した映画による「詩」の遺産をつぶさに見ていきたい。

 最後にもう一度、シオランの別の言葉を引き、冒頭の上田敏『海潮音』の詩篇と併せてお読みいただきたい。「詩」と「ファシズム」が、ここに結節している。得体の知れない、「永遠」=「神」をも恐れぬ詩人の内部に響く「聲曲(もののね)」が、ひとり眠る夜に聞こえてくるもの……。近代日本の詩もまたここからはじまり、現代のわたしたちを射抜いているのである。

 「詩人たちと一度も親しくつきあったことのない者は、精神の無責任が、その自堕落がどんなものかを知らない。彼らとつきあってみれば、一切はゆるされているという思いをかならず覚えるものだ。(自分自身を除いて)だれに対しても釈明などする必要のない詩人たちは、どこへも行かないし、また行きたいとも思っていない。彼らを理解することは、大いなる不運というものである。というのも、彼らは私たちに失うべきものなどもはや何もないことを教えるからだ。
 だれかに、といってもこの場合は神にだが、その神に語りかけるとき、聖者たちはいやおうなくその詩的才能を限定する。詩の無限定、これこそまさに神なき聖なる戦慄である。もし聖者たちが神の闖入によって彼らの情熱が何を失ったかを知っていたならば、彼らは聖者を断念し、詩人になっていたことだろう。神のうちなる自由、これだけが聖性の知るものである。だが、人間は詩的放縦にのみ取りつかれるのである。」(同書、p69-70、太字は原書傍点)


中村剛彦(なかむらたけひこ)
1973年、横浜生まれ。詩人。元ミッドナイト・プレス副編集長。詩集『壜の中の炎』『生の泉』(ともにミッドナイト・プレス)。共著『半島論 文学とアートによる叛乱の地勢学』(響文社)。
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