中村剛彦 映画にとって詩とは何か④
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『ベニスに死す』における政治と詩

 ドイツ三部作について、これまで語った二作品『地獄に堕ちた勇者ども』(一九七〇)、『ルートヴィヒ』(一九七二)の私見を読み直し、では次に語るべき『ベニスに死す』(一九七一)についてを数ヶ月考察し続けてきたが、けっきょくはその映像そのもののインパクトには何を語っても無駄だと途方にくれてしまった。しかし、私は本誌第二号において、リルケのロダン論を引きながら「あるべき批評とは、……己自身を厳しく批評するものであらねばならない」と述べ、『ヴェニスに死す』について、「美的身体それ自体がすべての芸術を凌駕するという映画芸術の究極を仮借なく露呈する。言語、音楽をも絶する『見ること』によってのみ生まれるポエジー」と書いたわけだから、私自身がこの映画を「見ること」それ自体を「厳しく批評」しながら、この映画に噴出する「美的身体のポエジー」を捉えきれなければ何を書いても意味がない。そのためには何からはじめればよいかを考えれば、答えは明白である。「美的身体」とは何かである。

一、映画における「美的身体」
 映画『ベニスに死す』の日本公開は一九七一年で私はまだ生まれていないからリアルタイムでの評価はわからないが、世の注目を集めたのが十四才の美少年タッジオ役のビョルン・アンドレセンであったことは間違いない。まるでルネサンス絵画から飛び出してきたような(日本であれば少女漫画から飛び出してきたような)中性的で端正な容姿は、女性をはじめ男性の多くの観客をも驚かせたはずである。特に物語自体が、マーラーをモデルにした富と名声を得た初老の大音楽家アッシェンバッハが、美少年タッジオに恋をし、やがて狂気の行動に出て破滅していくというものである。そうした倒錯的同性愛物語の愛の対象としてスクリーンに写しだされたビョルン・アンドレセンの身体は、ヴィスコンティの徹底した美への追求に基づいた演出によって世界中の大衆のうちに潜んでいた禁忌の欲望の対象となったはずである。ヴィスコンティは数千人のうちから彼を選んだといわれるが、その「完璧な美的身体」は、いまも変わらないエロスをスクリーンに放ちつづけている。
 しかし、このことは実はある別の問題を孕んでもいる。それはヴィスコンティの「ドイツ三部作」すべてに共通する同性愛の問題が、これまで述べてきた二作における「美的精神」としての同性愛だったのに比して、この映画が「美的身体」として画面全面に張り付いている点である。私はここにヴィスコンティが「ドイツ三部作」のなかで、なぜこの映画を作らねばならなかったのかという問題の核心を見る。それはこれまで私が執拗に述べてきたヴィスコンティの「現実凝視」の問題につながるが、端的に述べれば、この映画『ベニスに死す』が一見なんら政治性のない、同性愛の官能と美を追求した「純粋芸術」と評されているにもかかわらず、実に「ドイツ三部作」中もっとも政治的な作品であることである。ということはつまりビョルン・アンドレセンの「美的身体」がきわめて政治的であり、私たちの政治的存在基底そのものを揺り動かすものであることを示しているのである。その点を考えてみよう。

二、『ベニスに死す』にみる「ドイツ精神」
 前号でも述べたが、「ドイツ三部作」は、第一作『地獄に堕ちた勇者ども』が一九三〇年代のナチス・ドイツ帝国誕生と第二次大戦勃発期のドイツ精神、第二作『ベニスに死す』は一九一〇年代のビスマルク体制のドイツ帝国崩壊と第一次大戦勃発期のドイツ精神、そして第三作『ルートヴィヒ』が一八八〇年代における統一ドイツ帝国誕生にともなうバイエルン王国の帝国参入(前号では滅亡と書いたが滅亡は第一次大戦後の誤り)にいたるドイツ精神をヴィスコンティが時代を遡って追求したものである。ただし一言で「ドイツ精神」といってもドイツの複雑な近代史を詳らかに知らない私たちには映画を観ただけではそう簡単にそれを捉えきれない。たとえば私たち日本人が「統一ドイツ」を考えるとき、冷戦崩壊によって東と西に分断されたドイツが統一されたというイメージがあるが、近代史における「統一ドイツ」は一八七一年のビスマルクによる「ドイツ帝国」誕生を差す。このとき誕生した「ドイツ精神」とは何か。そのようなことはよほどの専門家でない限りわかりようがない。私たちは「日本精神」ですらいかなるところを源泉にしているのかわからない。それは「戦後日本」誕生時なのか、あるいは明治維新後の「大日本帝国」誕生時なのか、さらには江戸時代の国学にまで遡らなければならないのか、あるいはさらに……、といった具合である。おそらく現代のドイツ人においても同じであろう。しかしヴィスコンティのこの「ドイツ三部作」によって、現代のドイツ人も、また私たち日本人も「国民意識」とは何かの原理を知ることができるのである。
 『ベニスに死す』は、『地獄に堕ちた勇者ども』と『ルートヴィヒ』の間に制作されたものであるが、ドイツ三部作を観た人はおそらくこの作品が他の二作に比してきわめて異質であるような印象を持つであろう。他の二作はこれまで述べてきたように、ヴィスコンティの徹底した「現実凝視」によるポエジーの苛烈な噴出であるが、その「現実凝視」はあきらかに「歴史凝視」であって、二〇世紀のファシズム政権の樹立の背後にある「ドイツ精神」と、十九世紀の近代国家樹立の背後にある「ドイツ精神」への歴史記述的追求であった。いわば他の二作をあえて一言で言えば叙事詩による「ドイツ精神」の追求である。
 しかしその狭間に作られた『ベニスに死す』は初老の芸術家の少年への恋慕の妄想世界を映像美と音楽のみで表出するという完璧な抒情詩による「ドイツ精神」の追求である。私はこの「ドイツ三部作」が三部作たるゆえんはここにあると考える。つまり三者を貫きつつ三者の中心としてあるものが、「叙事」ではなく「抒情」でなければならなかった。そしてその抒情の発露とは「近代国家ドイツ」の源泉としての、美少年タッジオの「美的身体」が放つエロティシズムなのである。
 しかしそのように言うと反論がすぐにきそうだ。「タッジオはポーランド貴族の少年でありドイツ人ではないのだから、『ドイツ精神』になどなり得ない」と。私はすぐに答える。「国民精神とは、けっして同一民族の血を持つ者にのみ宿るわけではない」と。わかりやすい例は「アメリカ精神」である。「アメリカ精神」とはなにかを考えるとき、当然ながら数々の民族が混交し醸成されたものが「アメリカ精神」であろう。現在のアメリカの政権が排外主義的ナショナリズム、または「アメリカ第一主義」と唱えるとき、それは「アメリカ」という国家(ネーション)の枠を掲げているということであり、アメリカ民族を掲げているわけではない。銃規制がうまく進まないのも、「アメリカ精神」=「フロンティア精神」の根幹に「自分の身は自分が守る」という考えが深くあるからだと聞くが、それは「自由の国」に移住してきた多くの民族が自らの国家の理想像として掲げる精神である。そしていうまでもなくその「理想」とは、常に成就し得ないもの、手に入れられないものであるがゆえに「理想」である。銃乱射事件が頻発するアメリカはつねに悲惨の「現実」に喘いでいる。
 私が『ベニスに死す』のタッジオに「ドイツ精神」のイコンを見るのは、そうした意味でである。ドイツもまた複数の民族の混淆体である。国家統一に必要なナショナリズムは、すべからく一民族を超越した他者の到来を要求する。ドイツ人の主人公アッシェンバッハは異国であるポーランドの美少年に恋をし醜い姿で破滅する。ポーランド(他者)にあってドイツ(自身)にないものに滅ぼされる構図は、「ドイツ帝国」という国家がどうしても手にできなかった「理想」と「現実」の構図を示している。そして私たちはすでに知っている。アーリア民族の優越を掲げたヒットラーによるユダヤ人迫害がなぜおきたか、その結果いかなる「現実」が待っていたかを。ヴィスコンティは明らかにタッジオの「美的身体」によって、近代国家にどうしても欠かせない「他者」としてのイコンを示しているのである。であるから、よく知られるハンナ・アーレントの「悪の凡庸」は、実にヴィスコンティにおいては「美への凡庸」である。「現実」の己にない「美」を掲げ、俗物である己の醜さを排除する凡庸なる論理を、この映画は論理を超えた映像と音楽の抒情性に徹してあぶり出す。

三、エロティシズム/ナショナリズム/美
 ここでドイツについて詳しくない私たちでも思い出せることがある。第二次大戦を引き起こしたあのナチス・ドイツによる「ポーランド侵攻」、そしてアウシュビッツである。これと『ベニスに死す』のタッジオがポーランド人であることは偶然であろうか。ヴィスコンティほどの映画作家が無自覚であったわけがない。「ドイツ三部作」第一作『地獄に墜ちた勇者ども』は、一九三〇年代にヒットラーが権力掌握するまでの軌跡を、新興財閥のブルジョワ家族内のおぞましい劇でもって描ききった。それはまさにドイツ人自身による権力闘争と近親相姦とが入り乱れた血みどろの「室内(国内)劇」であるが、それから二十年遡る一九一〇年代の『ベニスに死す』は「室外(国外)劇」である。主人公のアッシェンバッハはミュンヘン(後にナチスの拠点となった)からベニスに逃亡してきた芸術家である。この時代、ポーランド人はビスマルク体制のドイツ帝国によって抑圧政策を受け、やがて一九三〇年代ナチス・ドイツ帝国の「侵攻」によって滅ぼされ、そこにあの収容所ができる……。
 つまりヴィスコンティは歴史的時間をただ遡るだけはなく、ドイツ人=アッシェンバッハを、ポーランド人=タッジオによって滅ぼさせることで、歴史的事実(叙事)を反転させ、その後のヨーロッパを覆う悲劇の歴史の背後で、「ドイツ精神」がついに手にできなかった「理想像」がいかに己から遠いところに隔たってある「美(抒情)」であったか、そしてその「美(抒情)」を追い求める己がいかに「醜(現実)」であるかを逆照射させて示すのである。
 このことは、「ドイツ精神」だけに関わる問題ではなく、私たちをいまも緊縛するナショナリズムの本質に関わるきわめて深刻な問題である。いわばタッジオのごとき「美的身体」が放つエロティシズムは、ヘテロ・セクシャルであろうとバイ・セクシャルであろうと、実に人間の「個」を失わせ集団化させる。卑近な例を挙げればいくらでもそうしたことは周囲に転がっている。ネット上のポルノサイトはなぜここまで拡大しているのか。見る側は個人的嗜好として個室内で貪り見ているであろうが、サイト運営側からすればなんてことはない。それぞれの「個」などは数千数万の集団の一単位にすぎない。個室の画面に映し出される「美的身体」がエロティックであればあるほど集団は肥大化していく。あるいはフィギュアスケートの羽生結弦の「美的身体」に群がる集団は何か。歌手の安室奈美恵の「美的身体」に群がる集団は何か。私たちの日常にはそうした「美的身体」に対する圧倒的な敗北の痕跡がいくらでも転がっている。これが「国家」という集団単位になれば、自ずから私たちの「個」は容易に国家権力に敗北する。明治以降の近代国家日本が天皇を聖なる存在として頂点に添えた結果がいかなるものであったかはすでに多くのすぐれた戦後の論客たちによって批判的に語られており(橋川文三『ナショナリズム その神話と論理』など)、二・二六事件の青年将校たちに代表されるような天皇に対する「恋闕(れんけつ)」の情などはその典型であろう(三島由紀夫「英霊の声」や映画「日本の長い夏」等を参照されたい)。いわば聖性にまで極まったエロティシズムを前にした私たちの姿は、アッシェンバッハと同じく「美」と正反対の「醜」へと転落していくのである。
 要するに映画『ベニスに死す』とは、いまも持続する「ナショナリズム」とは何かを思考させるきわめて政治的な映画と言えるのである。

四、映画が原作を超える、という意味

 では、『ベニスに死す』によってヴィスコンティが示した映像よる「美的身体」がいかに政治的であるかをもう少し考えるために、トーマス・マンによる原作で記述されているタッジオの描写を引用してみよう。(『トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す』高橋義孝訳、新潮文庫、一九六八)

◯出会いのシーン
「……十四歳くらいかと思われる少年がひとり、この少年は髪を長くのばしていた。この少年のすばらしい美しさにアシェンバハは唖然(あぜん)とした。蒼白あおじろく優雅に静かな面持(おももち)蜂蜜色(はちみついろ)の髪の毛にとりかこまれ、鼻筋はすんなりとして口元は愛らしく、やさしい神々(こうごう)しい真面目さがあって、ギリシャ芸術最盛期の彫刻作品を思わせたし、しかも形式の完璧(かんぺき)にもかかわらず、そこには強い個性的な魅力もあって、アシェンバハは自然の世界にも芸術の世界にもこれほどまでに巧みな作品をまだ見たことはないと思ったほどである。」(一三一

◯昼の海辺で
「足にもつれる水を泡立あわだて、少年は、頭をのけぞらせて駆け戻ってきた。少年らしく、優しく引締まった、生きいきとしたからだつき、捲毛(まきげ)からは水を滴したたらせ、空と海との深から出てきた優雅な神のように美しく、水を出て、水をのがれてきた有様を見ていると、神話の世界の事どもも思い出された。年の姿は、大昔の、ものの根源と神々の誕生とについて物語る詩人の言葉のようであった。アシェンバハは両目を閉じて、心の中に響き初める太古の歌に耳を澄ませた。」(一四二頁・下線筆者)

◯夜のホテルで
「タドゥツィオは濃紺の短い水兵外套(がいとう)の金ボタンを締めて、頭には服と揃そろいの縁なし帽子をかぶっている。太陽も潮風も少年の肌をやきはしなかった。肌は最初の頃と変らず大理石の黄色味を帯びたままだった。しかしその晩は、涼しすぎたせいか、街灯の月光に似た青白い光のせいか、いつもより蒼あおざめて見えた。平らな眉毛(まゆげ)はいつもよりくっきりとして、目にはいつもより深々とした色があった。なんともいいようのない美しさだった。言語は感性的な美をほめ讃(たたえ)ることのみなしえて、よくこれを写しえないということをアシェンバハは今また身にしみて感ずるのであった。」(一六七頁・下線筆者)

 これらトーマス・マンの筆による「美的身体」による描写が、ヴィスコンティの映画を知っている私たちにとっていかに苦しいものであるかがわかるであろう。ドイツ語を知らない私には、訳者の腕前がどれほどのものか掴めないが、下線をつけた箇所を読めば、トーマス・マン自身が「美的身体」を表現するにあたって直喩、比喩、暗喩を織り交ぜてもその完全な描写が不可能であることを記してしまっている。私は何もトーマス・マンの限界や文学の限界を示したいのではない。原作『ベニスに死す』は、そもそもがトーマス・マンによる現代文学論とも読める短編小説であり、随所にこうした文学表現における「模倣(ミメーシス)」の限界と、芸術家精神の苦しみを書きつけている。原作ではアッシェンバッハは小説家であり、小説自体が実体験に基づいているため、トーマス・マン自身の葛藤を記述したと捉えることができる。
 翻ってヴィスコンティの作品の場合は「美的身体」はそのままに「喩」を剝ぎとって映し出される。映画史において稀に見る「小説を超えた映画」と言われるが、その理由はひとえにこの「美的身体」の描出の可能/不可能の違いである。ヴィスコンティは物語にほぼ忠実に描きながら、本来小説の命題となっているはずのトーマス・マンの克服し難い現代文学の限界をやすやすと超えてしまう。
 ここでふと映画体験を思いかえしてみると、私たちはほとんどの文学作品の映画化が、「名匠」と呼ばれる映画作家の手によってでさえ、原作を殺してしまう犯罪行為に陥ってしまっていることをよく体験する。たとえば私は数年前に三島由紀夫の遺作四部作『豊饒の海』のうちの傑作と名高い第一巻『春の雪』の映画化作品をみて寒気を覚えたことがある。三島文学の真骨頂である絢爛な「文体の芸術」を、映画製作者たちはなんの悪びれもなく抹殺し、売れている若手俳優の純愛娯楽作品に貶めてしまっていた。このような例は枚挙にいとまがない。 
 しかしヴィスコンティの場合、ことは逆となる。『ベニスに死す』という作品がヴィスコンティによって映画化されなければ、おそらく私たちにとって原作『ベニスに死す』はかなり評価が低かったはずである。トーマス・マンは基本的に『ブデンブローグ家の人々』や『魔の山』など長編において小説家としての真価を発揮している。つまり変な言い方だが、現象的に後発の映画がトーマス・マンの原作を世に知らしめ「原作化」させた、といったことがヴィスコンティの場合おきてしまうのである。
 もちろんヴィスコンティだけではない。原作以上の映画を作った映画作家において、このことは屡々おきる。溝口健二による上田秋成原作『雨月物語』や、鈴木清順による泉鏡花原作『陽炎座』などはその良い例であろう。その場合、何がおきているのかを考えるとき、右に引用したマンの苦悩のごとき、文学がどうしても超えられない言葉の限界を、映画作家が正確に見抜いているかどうかである。つまり言葉の意味性を剝奪してなお、そこに現出するもの=「現実」を映画作家が見出せているかどうかである。逆を言えば、言語表現の文体によって完成された「美」は詩人の言葉それ自体によって意味性を超えているものであるから、映像化してはならない。それは文学の虚構のなかの完成された宇宙である。すぐれた映画作家は、文学作品のなかで言語化不可能なまま放置された「現実」を確実に捉え映像化する。そしてそれは映像でのみ到達可能な「美」と「醜」を生み出し、かつそれは「現実」であるがゆえにきわめて政治的である。 
 ここでまた反論がありそうだ。なぜ「現実」即「政治」なのかと。私はまたすぐに答える。「政治」のない「現実」などあるだろうか、と。では「自然」はどうか? 残念ながら「自然」もまたすべて「政治」性を帯びている。なぜなら私たちが「現実」を「見ること」、それは私たち固有の「眼」を通してのみ可能だからである。「日本人」である私が「自然」を見る、それがどうして政治的でないままでいられるであろうか。あるいは聞く、触れる、感じる、なんでもよい。「○○人の○が○○する」こと、それはすべて「政治」性を帯びるのである。よって『ベニスに死す』の有名なラストシーン、タッジオが夕陽の沈む海岸に立ち空を指さす場面、あれは単に「自然」の美しさを湛えたものではないことはここまでの「美的身体」についての論を読めばすぐに分かるであろう。私が知る限りヴィスコンティは『ベニスに死す』によって「美 ─詩(ポエジー)─政治」を一体化させた映画史上はじめての作家である。

五、映像と詩と政治の果て
 『ベニスに死す』における「詩(ポエジー)」については、さらに追求して書きたいところだが、字数も限られているので、本号ではヴィスコンティ作品とは正反対に、いま安易に流通する映像の力によっていかに「ナショナリズム」が倍加しているかを端的に書いて終わりたい。というのも、私は今日の世界でナショナリズムと排外主義が蔓延していることの本質を、実は「映像」の問題と捉えているからだ。言葉があらゆる技術を駆使しても超えられない限界を、映像は超えて世界を転写し、映像の内部に私たちの存在を象っていく。メディア技術が進展すればするほど、私たちの存在自身が映像そのものとなっている。ナチス・ドイツが映像プロパガンダの手法に優れていたことはすでに述べたが、私たちは映像の洪水のなかで思考停止となり、自らを陽炎のごとき存在へと転化しているようだ。たとえばSNSによって日々世界のネットワークに私たちは自撮り写真や動画をばらまくが、これは他者からの自己存在への承認欲求が原理であることは間違いないだろう。私たちはそれなしにはみな己の存在を把持し得なくなっている。まるでSNSが広まれば広まるほど、私たちは徹底した孤独の縁を生きていることが露見されていくようだ。
 なるほどインターネットは個の自由な表現を可能にし、民主的運動を作り上げることもある。私自身、SNSを全面否定しているわけではない。ツイッター、フェイスブック、インスタグラム、ライン等一通り使用している。数年前はよく写真などをアップしていた。しかし最近はどうも知人より使用頻度は低い。それは他者からの承認欲求が少ないためではない。昨年明らかになったフェイスブックユーザーの大量の個人情報が政治利用されたことは、いかに私たちの「個」が権力に回収されているかを如実に示しているが、そうしたSNSのシステム自体にもはや疑念があるためである。ましてや前インターネット時代の、映画やテレビによるプロパガンダのごとく大衆の受身の洗脳化ではなく、SNSの場合、自ら進んで己の存在を無意識に権力に差し出している。今後インターネットにおける映像メディアがさらに進化するならば、私たちの「個」の存在は加速度的に一枚の映像に断片化され、政治権力の具となり、無自覚な同調意識の集団と化し、知らぬ間にナショナリズムは肥大化していくであろう。
 ヴィスコンティに戻るならば、その作品のすべてがそうした今日の「映像権力」を見通した反権力へのおそるべき強靭な意志に貫かれている。特に『ベニスに死す』は「抒情詩」としてナショナリズムの原理と陥穽を画面全面に映し出した映画史の奇跡と言っていい。タッジオの「美的身体」、それは「ドイツ精神」のイコンとして、ドイツ・ナショナリズムがついに手に入れられなかった、なにものにも回収されない「他者」」─「美」であると同時に、私たち個人の内部にあるナショナリズムを生み出す聖なるエロティシズムを貫く表象である。よっていまいちどこの作品を見るとき、もしタッジオの「美的身体」の映像にのみ賛辞を送るなら、それは私たちが現在陥っている映像権力への無防備さを表していると言えるであろう。私たちはそろそろ気づくべきなのだ。もはや私たちは生き絶える醜き詩人アッシェンバッハなのだと。

『ルートヴィヒ』予告編(イタリア語)
*「影・えれくとりっく vol.9」(編集発行人:杉中昌樹、発行所:詩の練習、2019年2月1日)掲載
中村剛彦(なかむらたけひこ)
1973年、横浜生まれ。詩人。元ミッドナイト・プレス副編集長。詩集『壜の中の炎』『生の泉』(ともにミッドナイト・プレス)。共著『半島論 文学とアートによる叛乱の地勢学』(響文社)。老犬と老猫と暮らす。
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