竹内敏喜 『魔のとき』 
L・Bに倣って 9 (二〇二〇年七月一二日)

雨の止まない獣臭い梅雨だった
それでも、雲が切れていくと
夕刻には明るくなり


ヒグラシの声が遠くにあふれ
窓の眺めは真っ青になって
部屋のなかは、闇で染まっていた


読書にも疲れ
ピアノ協奏曲三番の第二楽章によりそい
バシュラールの言葉を追う


…孤独は物語を持たない
 そうして夢想家はランプを点し
 自分を取り戻す


…焔はただ人間にとってのみ
 ひとつの世界である


…消えるという動詞の最大の主語は何であろうか
 生命だろうか
 それともロウソクだろうか


ちょうど一年前
実家に帰省し、観光客気分で
清水寺へ足を向けると


惹かれるまま随求堂に入り
いわゆる胎内めぐりをしていた


完全なる漆黒を左手の手すりを頼りに進み
仏の教えに出会ってなお、進めば
人にぶつかったのか、布地にふれる


それが出口だと気づくまでの
一歩の、遠い長さよ
苦笑から一転、学びの思いになりつつ



竹内敏喜(たけうちとしき)
詩人。1972年京都生まれ。詩集に『翰』(彼方社、1997年)、『風を終える』(同、1999年)、『鏡と舞』(詩学社、2001年)、『燦燦』(水仁舎、2004年)、『十六夜のように』(ミッドナイト・プレス、2005年)、『ジャクリーヌの演奏を聴きながら』(水仁舎、2006年)、『任閑録』(同、2008年)、『SCRIPT』(同、2013年)、『灰の巨神』(同、2014年)​​​​​​​。
 
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