竹内敏喜 『魔のとき』
L・Bに倣って 2 (二〇二〇年三月二八日)

朝食をとりながらニュース番組を眺めている午前五時過ぎ
天気予報のコーナーでは二人のかわいいお姉さんが
とぼけたやりとりをするので、くすっと笑ってしまい

その、一人で笑顔になっている自分に驚いたこともあったが

ちかごろでは微笑むことを楽しみにして

テレビの前に座っている

それにしても新しい日を笑い声で迎えられることが
快い一日の充実感を誘い出してくれる事実に
四〇代後半になるまで、まったく気づかなかったとは

「だから言っただろう
世間のことを考えるのは大切だけれど
それを忘れるのは、もっと大切だと学ばなければいけないと」

きみはそう話していたが
笑いって、もしかしたら忘れることに関係があるのかい…

くりかえし交響曲六番の第一楽章がこだましている朝
玄関を出れば小鳥たちがあわてて逃げ
それぞれの喉から真珠のような言葉をこぼす

まるで音素がころころ、光っては見えなくなるようだけれど
世間の実体だってそんなものだろう
馴染むほどに未知を知ること、それこそ人工的な能力か

「丸くふくらんだヒップくらいすばらしいものは他にないよ
ジューシーな蜜のかおりが漂ってくるみたいだ
そんな誘惑と、頭のなかで戯れるのがクールなのさ」

きみは話をそらせるとき、たいてい異性に目を向けさせたね
でもたしかに女性の後ろ姿はより女神に似ている

今日の予報もおおむね当たり
午後になって久しぶりの雨が降れば
ころころした音素のあとが、翳ってはにおいたつ

竹内敏喜(たけうちとしき)
詩人。1972年京都生まれ。詩集に『翰』(彼方社、1997年)、『風を終える』(同、1999年)、『鏡と舞』(詩学社、2001年)、『燦燦』(水仁舎、2004年)、『十六夜のように』(ミッドナイト・プレス、2005年)、『ジャクリーヌの演奏を聴きながら』(水仁舎、2006年)、『任閑録』(同、2008年)、『SCRIPT』(同、2013年)、『灰の巨神』(同、2014年)​​​​​​​。
 
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