竹内敏喜 『魔のとき』以降 
L・Bに倣って 12 (二〇二〇年九月一八日)

『老子』なら言う
世の学問に励むと知識は日々ふえるだろうが
道を修めるためには、その知識を日一日と減らさなければならない

ぎりぎりまで減らして無為の境地に降り立ち
何もしないことで、すべてを成すような
徳による在り方を備えなければ、うまくいかない…

巨大なシャボン玉の内部に包み込まれたのか
ガムラン・ゴン・クビャールにひたされ
ふんわり虹の回転する宇宙観のなか、そうだなと思う

ましてやベルギー産麦芽を使用し
フルーティに香る発泡酒四本で今年の秋を迎え
宵闇に、咲いているだろう彼岸花との交歓を妄想すれば

カンボジアらしき地の遺跡で、いつか
石積みの狭く崩れそうな通路を逃げるように進み
壁面に開いた枠から、すぐそこまで迫る木々の蔓や根を眺めたと

ようやく回想しつつ
あれは、生々しい体験だったという点で
夢ではなかったと、震えを知る

自分の未来を見定めようとすると
少年だった過去の姿で立ちつくしているから
もう会えないきみのことが、ハッと心配になる

序曲「コリオラン」を知ってるかい
この曲なら、天国でも地獄でも聞けるはずだ

いや、天も地も現実から葬り去られ
徳も消えて
人以前や、人以後が、やみくもに主張しているだけの時代だ

アンコール、アンコール…、その喪失の優しさよ
古代クメール帝国は王や英雄の顔を象って神を印したという


竹内敏喜(たけうちとしき)
詩人。1972年京都生まれ。詩集に『翰』(彼方社、1997年)、『風を終える』(同、1999年)、『鏡と舞』(詩学社、2001年)、『燦燦』(水仁舎、2004年)、『十六夜のように』(ミッドナイト・プレス、2005年)、『ジャクリーヌの演奏を聴きながら』(水仁舎、2006年)、『任閑録』(同、2008年)、『SCRIPT』(同、2013年)、『灰の巨神』(同、2014年)​​​​​​​。
 
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