竹内敏喜 『魔のとき』 
L・Bに倣って 11 (二〇二〇年九月五日)

今の日本に、大人として成長するのは善きことだと思えない
というのが結局、はじまりらしい

戦後に手本としたアメリカでは人種差別をめぐって
白黒の対立が過熱しているけれど
どちらもネイティブ・アメリカンの土地から去る潮時とも見える

ヨーロッパ人および貪欲なキリスト教徒が
人間関係を資本化のルールで統制し
民族ごとの多様な社会組織を蹂躙してきたのは明らかだから

恩は忘れるが怨みには必ず報いるという
その器量の無さによる負債を彼らが返済しなければ
人類のやり直しはあり得ない、つまり不可能ということ

それでも、古代の七不思議と呼ばれるものは残った
彼らにとっては財を増やすきっかけにすぎないだろうが
数千年を耐えた事実において、それらはうちなる善を心へと導く

例えばピラミッド
古代エジプトはナイル川と太陽の恵みを受け
東西を砂漠、北は海、南はヌビアのジャングルに囲まれた閉鎖地

紀元前三一〇〇年ごろに成立した第一王朝から
第一五・一六王朝まで、外敵による大きな危機はなく
その安定性により文明は変化を必要としなかった

まさに刺激がないことで王の情熱と努力は死後の世界へと向けられた
官吏のどのような指揮に従ったのか、一〇万人が二〇年働き
空前絶後の寝床を生むに至る

その土地、その人種、その言語による三〇〇〇年の夢として
エジプト文明は無為を彩るかのよう

そう、バレエ音楽「プロメテウスの創造物」序曲を
もう一度、聞き返そう
人に幸福感があったことを、この演奏は思い出させてくれる


竹内敏喜(たけうちとしき)
詩人。1972年京都生まれ。詩集に『翰』(彼方社、1997年)、『風を終える』(同、1999年)、『鏡と舞』(詩学社、2001年)、『燦燦』(水仁舎、2004年)、『十六夜のように』(ミッドナイト・プレス、2005年)、『ジャクリーヌの演奏を聴きながら』(水仁舎、2006年)、『任閑録』(同、2008年)、『SCRIPT』(同、2013年)、『灰の巨神』(同、2014年)​​​​​​​。
 
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