竹内敏喜 『魔のとき』
L・Bに倣って 1 (二〇二〇年二月一九日)
聞きなれたフレーズしか理解できなくなり…
どうしてか明日のきみのことはわかる気がするのに
自分自身がますます不可解なものとなっていく
異性を心から敬愛していたきみの声も憶えている
女性をうつくしいと崇めたりしないで
フルーツを手に取るみたいに眺めていた
「彼女たちが裸で踊りたくなるのは
世の中から消えた光を呼び戻すためなのさ
神話の時代から、それだけは変わらないみたいだね」
何だってできる能力を持っていたにちがいない
そうして何もせず、そこにいるだけで
すべてを終えた者のまなざしをこちらに向けていた…
若くして亡くなったために、その個人は
死のありさまの社会的意味をめぐり
残された人々に困惑の種をちりばめてしまうのだろうか
いや、平等を掲げる法を隠れ蓑にした生者たちこそ
メロディを消すように論理を秩序立て、他者の返答を押し殺し
さざなみほどの混乱さえ、沈黙に近づけねばと信じている
明日のきみも風に吹かれてきれいな血を流し
そのうっすらと赤い悲しみは、遠く響きわたっていくけれど
ちぎれ、はがれて、土に返ろうかと戸惑うよう
「おれは一万年前、ちいさなカラスで終わった
その二万年前は無数の黒い虫だった、わかってくれるかい
次くらいは、歌がうまいだけの生き物になりたいんだ」
今ではどこにいても、きみの心の鼓動が聞こえるから
ゆっくりと昔話に耳を傾けさせてほしい
分厚い闇から染み出るやわらかな光線のような
あの交響曲七番の第二楽章のような物語に
どうしてか明日のきみのことはわかる気がするのに
自分自身がますます不可解なものとなっていく
異性を心から敬愛していたきみの声も憶えている
女性をうつくしいと崇めたりしないで
フルーツを手に取るみたいに眺めていた
「彼女たちが裸で踊りたくなるのは
世の中から消えた光を呼び戻すためなのさ
神話の時代から、それだけは変わらないみたいだね」
何だってできる能力を持っていたにちがいない
そうして何もせず、そこにいるだけで
すべてを終えた者のまなざしをこちらに向けていた…
若くして亡くなったために、その個人は
死のありさまの社会的意味をめぐり
残された人々に困惑の種をちりばめてしまうのだろうか
いや、平等を掲げる法を隠れ蓑にした生者たちこそ
メロディを消すように論理を秩序立て、他者の返答を押し殺し
さざなみほどの混乱さえ、沈黙に近づけねばと信じている
明日のきみも風に吹かれてきれいな血を流し
そのうっすらと赤い悲しみは、遠く響きわたっていくけれど
ちぎれ、はがれて、土に返ろうかと戸惑うよう
「おれは一万年前、ちいさなカラスで終わった
その二万年前は無数の黒い虫だった、わかってくれるかい
次くらいは、歌がうまいだけの生き物になりたいんだ」
今ではどこにいても、きみの心の鼓動が聞こえるから
ゆっくりと昔話に耳を傾けさせてほしい
分厚い闇から染み出るやわらかな光線のような
あの交響曲七番の第二楽章のような物語に
竹内敏喜(たけうちとしき)
詩人。1972年京都生まれ。詩集に『翰』(彼方社、1997年)、『風を終える』(同、1999年)、『鏡と舞』(詩学社、2001年)、『燦燦』(水仁舎、2004年)、『十六夜のように』(ミッドナイト・プレス、2005年)、『ジャクリーヌの演奏を聴きながら』(水仁舎、2006年)、『任閑録』(同、2008年)、『SCRIPT』(同、2013年)、『灰の巨神』(同、2014年)。