竹内敏喜 『魔のとき』
L・Bに倣って 1 (二〇二〇年二月一九日)

聞きなれたフレーズしか理解できなくなり…
どうしてか明日のきみのことはわかる気がするの
自分自身がますます不可解なものとなっていく

異性を心から敬愛していたきみの声も憶えている
女性をうつくしいと崇めたりしないで
フルーツを手に取るみたいに眺めていた

「彼女たちが裸で踊りたくなるのは
世の中から消えた光を呼び戻すためなのさ
神話の時代から、それだけは変わらないみたいだね」

何だってできる能力を持っていたにちがいない
そうして何もせず、そこにいるだけで
すべてを終えた者のまなざしをこちらに向けていた…

若くして亡くなったために、その個人は
死のありさまの社会的意味をめぐり
残された人々に困惑の種をちりばめてしまうのだろうか

いや、平等を掲げる法を隠れ蓑にした生者たちこそ
メロディを消すように論理を秩序立て、他者の返答を押し殺し
さざなみほどの混乱さえ、沈黙に近づけねばと信じている

明日のきみも風に吹かれてきれいな血を流し
そのうっすらと赤い悲しみは、遠く響きわたっていくけれど
ちぎれ、はがれて、土に返ろうかと戸惑うよう

「おれは一万年前、ちいさなカラスで終わった
その二万年前は無数の黒い虫だった、わかってくれるかい
次くらいは、歌がうまいだけの生き物になりたいんだ」

今ではどこにいても、きみの心の鼓動が聞こえるから
ゆっくりと昔話に耳を傾けさせてほしい

分厚い闇から染み出るやわらかな光線のような
あの交響曲七番の第二楽章のような物語に

竹内敏喜(たけうちとしき)
詩人。1972年京都生まれ。詩集に『翰』(彼方社、1997年)、『風を終える』(同、1999年)、『鏡と舞』(詩学社、2001年)、『燦燦』(水仁舎、2004年)、『十六夜のように』(ミッドナイト・プレス、2005年)、『ジャクリーヌの演奏を聴きながら』(水仁舎、2006年)、『任閑録』(同、2008年)、『SCRIPT』(同、2013年)、『灰の巨神』(同、2014年)​​​​​​​。
 
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