竹内敏喜 蛇足から  
蛇足から 6 (二〇二三年二月一〇日)

     
それから風が凪ぐように、忘れている

これまでの経験を、筋道をつけて書き記してしまえば
湧いて落ちた文字とともに
よろこびもかなしみも心から引いていく


その文字もまた手元から奪われるのか

読み返すことに疲れ
ひらくことのなくなった冊子は
本棚に呑まれる


気がつけば椅子のために、この部屋がある

…室内を生活の場としたのは
年金生活者が最初で
産業革命後のフランスで発生したともいうが


(渦を点在させる象徴主義)

外で、なりふりかまわず儲け
内をますます清浄に飾りつけていれば
言葉の通じる数少ない友も、いつしか亡くしていよう


(ブルジョワジーの欲望の果て)

古い神が悪魔となり
新しい神は敵となって
椅子に座れば、窓から空を見上げている


今日は雪の、無音の連打

哺乳類のように窓に寄りつき
落下していく白い点
ぶつかり、吸いつく白い点


(冷えることに抵抗する身体)

(忘れている経験が得る白紙)

外からも内からも、心の声を絞めていくものたち
竹内敏喜(たけうちとしき)
詩人。1972年京都生まれ。詩集に『翰』(彼方社、1997年)、『風を終える』(同、1999年)、『鏡と舞』(詩学社、2001年)、『燦燦』(水仁舎、2004年)、『十六夜のように』(ミッドナイト・プレス、2005年)、『ジャクリーヌの演奏を聴きながら』(水仁舎、2006年)、『任閑録』(同、2008年)、『SCRIPT』(同、2013年)、『灰の巨神』(同、2014年)​​​​​​​。『魔のとき』(同、2022年)
 
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