竹内敏喜 蛇足から  
蛇足から 5 (二〇二三年二月六日)

     
今朝は、生きていることが懐かしい

…例えば
少年時のかくれんぼう
皆が隠れ方のうまさを競っていた
見えないことで
時間こそ生命を得る
あまい緊張感にやや飽きれば
強い刺激も、鬼との距離を縮めることで冴えてくる
勝利の瞬間など関係ない
遊びのなかに
まだまだ留まり続けようとするだけ


遊びのあいだは外部がないから
どこからか
遠い声も耳に入る
(天然の差別現象を知らない平等意識は悪平等)
(天然の平等状態を知らない差別意識は悪差別)
それは、彼の皮膚から漏れている声だろうか


その声に聞き入っていると
鬼が鬼であることで
つむがれてきたのが「性」や「美」の歴史だとわかる
(差別とは千差万別の現象)
(平等は万象の根源的存在)
だから声は、ふいに耳元だけにある


…一枚の葉っぱを真似て
せっかちに紅葉して、彼につかまれば
土に戻されるしかないけれど
そこで種となり
根を伸ばし
花を咲かせようと
ささやかな陽と雨を浴びていた


やがては鏡をふりかえり
映る姿は「知」を好まない獣のようで


鬼が、だれかと
かくれんぼうを続けているのも感じられ
今夜は生きていることだけで懐かしい

竹内敏喜(たけうちとしき)
詩人。1972年京都生まれ。詩集に『翰』(彼方社、1997年)、『風を終える』(同、1999年)、『鏡と舞』(詩学社、2001年)、『燦燦』(水仁舎、2004年)、『十六夜のように』(ミッドナイト・プレス、2005年)、『ジャクリーヌの演奏を聴きながら』(水仁舎、2006年)、『任閑録』(同、2008年)、『SCRIPT』(同、2013年)、『灰の巨神』(同、2014年)​​​​​​​。『魔のとき』(同、2022年)
 
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