竹内敏喜 蛇足から  
蛇足から 18 (二〇二三年一一月四日)

     
昏い、長く終わりのなさそうな昏さ
その柔らかい揺れに沿って
今、かさぶたが剥がされるように
水平線から赤が湧きだし

見えてくるのは
海のうえの
くらげにも似た無数の油の環

どこか遠くで短い汽笛が鳴ったようだが
やがて
人体の落ちたらしい水音
…あれは銃声だったか

しばらく静けさにつつまれていると
 物語のつづきが知りたいわけではない
 真実にふれたいのだ
と、言葉をもてあそんだりするものの

この廃屋の壁を一歩、乗り越えれば
そこには人と人の争う場がある
夜明けとともに、空気の裂け目が無数に走っていく

いつだったか
師の述べたことがあった
「迷いがあるなら
 言葉を使わずに考えてみなさい」

それは考える行為になるのだろうか
わからないまま、黙っていると
「時間から離れて
 考えてみなさい」

さらにそう述べ
無表情のまま
背を向けて去っていった

海面の血はまぎれ、油がぶきみに虹色で輝く
戦場にいるから人は銃で狙い、狙われよう
水は背を向けている、だが深く深く潜れたなら…
爆音と硝煙がひどくなれば、時に支配されたも同然だ

竹内敏喜(たけうちとしき)
詩人。1972年京都生まれ。詩集に『翰』(彼方社、1997年)、『風を終える』(同、1999年)、『鏡と舞』(詩学社、2001年)、『燦燦』(水仁舎、2004年)、『十六夜のように』(ミッドナイト・プレス、2005年)、『ジャクリーヌの演奏を聴きながら』(水仁舎、2006年)、『任閑録』(同、2008年)、『SCRIPT』(同、2013年)、『灰の巨神』(同、2014年)​​​​​​​。『魔のとき』(同、2022年)
 
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