竹内敏喜 蛇足から  
蛇足から 17 (二〇二三年一〇月三〇日)

     
それこそ
大腸菌やカビの体内で
アミノ酸などの、蛇の足に必要な化合物を合成する方式は
すべての、蛇の足で使われていると言えなくもなく
外観や習性は千差万別であるのに
蛇の足、の体内の化学反応は
どの、蛇の足でもほとんど同じであり
そのことは生化学的一般性とよばれ
地球上の全部の、蛇の足に
共通の祖先があるとの論拠になっている…
哺乳類は、蛇の足という仕組みを進化させるとき
子宮内にいる、蛇の足について
母親と異なる遺伝子を持っていても攻撃しない
という性質を同時に進化させた
むしろ進化の過程において
母親の遺伝子をまったく持たない、蛇の足
などといった存在はあり得なかったので
母のあり方として、蛇の足を免疫学的に攻撃しない
という性質だけを進化させたとも言えよう…
人も三五歳以上になれば
一日に一〇万も脳内の、蛇の足が死んで失われる
一年に三六五〇万
一〇年で三億六〇〇〇万となるが
それでも全数の〇・三六パーセントにすぎない…
文明とは、蛇の足のあいまいさと
平凡な秩序の間の
不安定なバランスである
蛇の足、は統一的ではあるが各個の区別がない
平凡さは区別されているがなんらかの中心的統一を欠いている
文明の理想はひとつの完全な全体への統合だ
しかしながら
蛇の足、はなんらかの区別をすることを知らず
区別がなにを意味するのか理解しない…
その力は
一般文化の発展の外にあって
恐怖と反感と尊敬の
入り混じった感情を近隣諸国に湧きあがらせながら
蛇の足、と認知されずに留まっている…
それこそ
(この星以外に現存する生命体がみつからないとしたら
宇宙の常識として地球上の生物とはまさに蛇の足でしかない)

竹内敏喜(たけうちとしき)
詩人。1972年京都生まれ。詩集に『翰』(彼方社、1997年)、『風を終える』(同、1999年)、『鏡と舞』(詩学社、2001年)、『燦燦』(水仁舎、2004年)、『十六夜のように』(ミッドナイト・プレス、2005年)、『ジャクリーヌの演奏を聴きながら』(水仁舎、2006年)、『任閑録』(同、2008年)、『SCRIPT』(同、2013年)、『灰の巨神』(同、2014年)​​​​​​​。『魔のとき』(同、2022年)
 
Back to Top