八潮れん 欲望は威厳に満ちて  
とぶらへば 眼窩




            それを開けた瞬
間   映りの少ない冷気とともに
いくつもの呼吸する[psi-ʃe]が飛びかい
場はきわまり すでに脳髄のしわの外へ
放り出された 哀れな人体の切れはし
それとしての拗ね者たちの観念が
襲いかかってくるのかと思いきや
土にまみれた数えきれない黄ばんだ白片は
生者の幻想のまま 静かに出番をまっている 

数千年いかなる人も話さなかった言葉で

つぶやいてください 御身らとわたしの間にある
肉の幕を出入りして あるいは断ち切って
村治さん、あ、いや蓮さん、お市さんら
そうかい、来たんかいと驚いてください
さもなくば 元禄元年12月に没したお方
どんな野心の高みから落ちて 打ち砕かれ
傷ついてきたのか その苦い絶望を
いく世代 いく世代 どう反芻してきたのか
老齢かとみれば若くもあり 目には花火や
星の輝きをもった 鋭く明るい 現し身に似た方々
上がっとくらい 上がっとくらい

つひにゆく道とはかねて聞きしかど

昨日今日とは思わざりしを

名残は立派にと整えられた石塔は目をとじ 

さら地になった小さな面には雑草だけが
とらえどころなく揺れている

これでいいと言いたくても

否という これでいいという無音が不安を掻きたてる
こわばった筋という筋に向かっておろされる記憶の裏の裏
どことやらへ隠れた御影石に 迷信的な怖気が巻きつき
人にあるという 無数の目に見えない裂け目めがけて
飛んでいく ああそう思いきや 
死者たちは 水が振るいの網目から漏れるように
カロート乙から甲へ流れるままになる 
市人たちと集いて 騒がしくもなく

§

          から

だの   内の車輪が動かなくなって 中身がしんと
静まりかえるその時 不思議の手で止められた振り子が
どこか知らずと動きだす 朦朧とした空言 おぼろかな祖々

古の族だの団など党など栄えて 何姓は何氏と続いたが

姓はカバネ 尸冠 人は横たわり眠ったまま
明治の爺やん 婆やん 大ご苦労さんでした
田租だの雑種税だの米屋酒屋布屋新聞屋だの 
出納帳に挟まれた兵隊さんのハガキだの 
日清日露をかいくぐりカルト・ポスタル交わす俳士たち
第58連隊の文字が見えて インパール作戦行ったのか 
白骨街道通って帰ってきたのか 薄霧の大正昭和
男は気象第二連隊で気球爆弾を作ったとか 
少女は焼夷弾をかいくぐったとか 
拓務省満州農業移民募集 政府の補助あり 
満蒙開拓青少年義勇軍万歳 おいそこの新聞記者 
軍政部へ出頭せよ!云々 干上がることなく 音もなく 
何かしらわたしの本性を分けもつ重たいうごめきや 
深いため息が吹きたっている   

ただし洞穴の窪みはたえずひっそりと震えもしない 

崩れた身にのしかかる深い眠りや浅い夢 
山にはまだえっぺ雪あらずなあ

§

          探していた人は部屋とはいえ

ない所で   横になっている
振り向いた涙目 わかっている 何があったのか
救うように旅に誘う だがわたしはその人を楽しませたか
後ろめたさを抱えて凡想に遁走 計画はいつもうまくいかない 
おおかた不器用で何にでも例えられる旅 鄙びた菓子を土産に 
田舎育ちの女しょ男しょ 切りきざむ不定愁訴 
我がレントゲンの骨組みはかしがって はあるか前も後も
見えない ハハさんも見えない  

なんども突然後ろから闇に羽交い締めされるので 

腕とみられるところに噛みついてみるが思ったほど力が出ない 
血は流れさせてやったのに 奴は動じない 
自責か己への軽蔑か処罰か 少しずつ時間をかけて
締めつけられる しかしこの仕置きは不思議なほど当然だ
卑しい人格をなんとかしなくてはならない
それにしてもなぜこんな仕事ばかり

§

          だれか だれか 階段の上から3番

目に   たって飛び降りれば この病気は治るって
爺やんが言ったからやってみるって ほうけた髪が
上からのしかかる陰鬱の重みで破裂しそうです
手をちょっと天にかざして見てください 
指先に触れる発現はどんなものですか
飛びますか どうしましょうか 飛んでください

千々の草が息を吹き返して吹雪いていますね だれか
いつかの指摘は的確でした そうとしかできない人だと
厄介な面影をさらりとかわしてくれて溜飲が下がりました
ほどなく時が整い御身らは あらゆる流儀を引き取り
消えて行ってしまったけれど 昔の音が届いています 
骸がだだをこねてあがいていたり 声でない言葉が煽りきしんでいたり
またある夜 片われ月の神妙は 幼い子の手をつないで
田舎道を歩く素朴でおしゃべりな女の絵柄を見せます
ひよひよとよみがえる泉門らしさがいじらしいです

ふと とろりとした回想 

センセイと呼べる人がはるか山の森のかなたに
1人在って心からほっとする これで1人前じゃないか
なかなかまっとうではないか センセイ
でも行ってしまったから 9歳からは室で下向く
体温も下がる 山や森を垣間見ては引き返す
あくがれて うっすらともも色のかびがついた
白い華奢なかたまりの中にうずくまる 
指先にごく内密な寂寞がかっと見開きたちのぼる
何もかもすっかりもっともらしく 赤ん坊が群がり 
そこにある花めいた房に乳をねだろうとする    
  



*「上がっとくらい」:(家などに)上がってください。(北信濃の方言)

*「つひにゆく道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思わざりしを」:
在原業平の辞世の句。伊勢物語125段、古今和歌集、大和物語などに収録。
「カロート」:納骨室。
「山にはまだえっぺ雪あらずな」:山にはまだ沢山雪があるだろうな。(北信濃の方言)
「かしがって」:かしがる=傾く。(同)
*「はあるか」:遥か。(同)
*「泉門」:幼児の頭蓋骨がまだ完全に縫合し終わらない時、脈拍に連れて動いて見える前頭、後頭の一部。(広辞苑)
*「あくがれて」:うわの空になる。​​​​​​​
八潮れん​​​​​​​

詩を書く人。長野県長野市出身。横浜市在住。2011年アンスティテュ・フランセ東京の詩祭における仏詩翻訳コンクールで優秀賞受賞。2016年第4詩集として自作の日仏対訳詩集「Temps-sable/時砂」を仏人との共著で出版。近年日仏で様々なジャンルのアーティストと朗読パフォーマンスを行なっている。2018年朗読CD発表(仏人との共作)。同年仏ブルターニュでの現代詩フェスティヴァルに招待された。

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