往にし方 科の木
逆さずりの男 安政か文久か
ええじゃないか ええじゃないか
天変地異に百姓一揆
鵜の目鷹の目 知の目をうがって
寺子屋 詩歌で 民の力
水(み)こも刈る 真昼の寺に風がふき
かすかに鳴りあう 逆塔婆の音
座棺だってひっくり返っただろう
飛び下がったはらわたが松の枝にしがみつき
その切れっぱしはそれぞれが誇示するように
結びも尺度もない寓話や系図をつくりだす
獣じみた尻 虚栄やありふれた苛立ちが
長き峯 数千をわたり
山高く谷ふかい 己ではない
己のごとき住処に 怪しみをまきちらす
すずめ色刻に見たときゃ もうおっ死んでいた
松代藩の大百姓のせがれだが ひでえ放蕩者で
家じゃ折檻して こも巻いて庭の木に逆さずりさ
カサカサズルリ カサカサズルリ 兄さん
お前さんは物か感官か
カ/サカ サズルリ こだまは薄まって吻合せず
兄さんの信号 あちこちから湧いてでて
あることないこと しなの者逆さおどり
三稜鏡のかなたから かっぽれ かっぽれ
2
虚無僧とは菰(こも)
精霊こも流し
お菰さん
翠き嶺 万と重なる
信濃 けわしく
身を沈めて
霊ある者たち
その場限りの
根なしこと積もる
水(み)こも刈る 真昼の寺に風がふき
かすかに鳴りあう 逆塔婆の音
3
150年あまり経て
庭の隅に貸家が建ち ある日火が出て住人は焼死した
地蔵菩薩ができる 母屋の屋根裏に盗人が潜んでいるという妄想は
何かの影がさまよっている お祓いをするという話になる
悪いのもではないとアルバイトの祈祷師は言う
家主の自死した娘の霊ではないか 店子の家族じゃないか
逆さずり松の伝承も残る なんだかじっとしていられないから
でてきたというスジがあって それは無言で叫んでいる
領有の主張だろうか 目的のない行いもある 行いがあったので
風景が人の契約からはなれ 重苦しい軀をおろして散歩している
4
ははさんもわたしもなびいている
まずはみみらくの庭へ 亡き人の聞いたことには
ここにくるみ、うめ、あんずの木 たけのこ タラの芽
ふき にら乱れ 逆さ松も健在で 見つけそこねた
埋めそこねた 掴みそこねた世話ばなしが落ちてくる
だからもっとお茶飲んでいきない みみらくでは遠くからであれば
あの人もこの人もはっきりと見ることができるのだ
ははさん 真夜中に支度してどこに行く
もう何も残っていないねというように パタンと箪笥をしめて
傷口も縫合して いそいそと行ってしまう
やっと絞りだす低い音がして 幼女の名を呼んでいる
聾者に似た身振りは 大丈夫、よかったねと言っているらしい
えっわたしはまんざらでもないのか そうなんだね
本当に励ましてくれてありがとう ありがとう
闇にひと鳴りする電話はもうははさんのことではないとわかっている
だがははさんからだとどこかで思っていてもいい
でもやはりはっきりと見えない みみらくへの修行が足りない…
東か西かどこの浄土か知れないけれど なんとなく固まって
冴えない姿で右往左往する田舎者家族はどこだろう
なぜわたしら 何者かの果てしない支配に絡め取られている
いやそう見えたところで 行きつく先は人の場所
不帰の客の胎内だ わたしは鏡をもっている 鏡がひかる
それは山国の木の実となってゆれる 雪になってのぼりふる
時は亡魂の変数 別れの作法は秘密の変調
5
かつてどこぞにあった石塔は一族の田畑に集められたという
山に囲まれ 呼び慣れた河川の静かなノイズは
聞こえなくとも 風になびくいくつかのスジを感じる
このごろは田畑は造成され 石塔の眼は閉じられゆく
屍(から)櫃(ひつ)からはからからと
ゆりの重い香りが広がり あちこちに花粉がまう
粘る茶色の粉は消化を行う胃のように動く
突っ張ってぎりぎりと焦る神経のスジが
骨片とともに引き上げられ 忽然として一つ星
二つ星 三つ星 四つ星など 上よ下よと生まれゆく
それらの姿のぼやけた反映 大音量で
あれ それぞれのご縁で後方散乱あそばせ りん
りん りん 迎えて 送って また迎える
葬頭河の岸に生き物の本性のごとく
とどめ尽きない銀ねずのりん りん
古びて終わっていく力がむきだし さらされた
たっぷりとした零 無いとか絶えるとかではない
塞ぐとか空いているとも言えない消息を
言葉分別するとなればつじつまが合わず
道がつかない 芯もない つめたくなってその輪郭
熱吹く行間の諸層にすべり入り ためらいがちに深くうねる
*みみらく:
ありとだによそにても見む 名にし負はばわれに聞かせよみみらくの島
(蜻蛉日記 上巻 藤原道綱母)
いづことか音のみ聞く みみらくの島隠れにし人をたずねむ
(藤原長能 道綱母の弟)
みみらくの島:現在の長崎県五島列島五島市三井楽町あたりと言われる。
古には都人にとって仙境の地のようなイメージがあったらしい。