八潮れん 欲望は威厳に満ちて  
眼窩 桃の香り


す黒い土と血にまみれた胎盤から きれぎれに分離していく層あり
生き物の汁が音をたてて流れている気配あり
その筋はすばやく開かれ それでいて閉じられ
訳もわからず顔は引きつって 怖いよ どこに行けばいいの 


たくさんの吸盤 危険な吸い口 愛され憎まれる汚泥のしつこさ
これらが身構えて闊歩する 変形した血管のこわばりよ
ここが りなのか あるいはまだ…
   終


   長い間やり損ねたアマタのもくろみを 小部屋で
   暴れる餓鬼となって振り回し 凝った不安とともに

   泳ぐことが慣いでした それなりのフクザツな必然があるんです
   おのれの本性が世間以下にすぎないことはわかっています 


後ろ手に迷いを縛るムクロ 向けられた目がヒヤッと肉付きを変えて 
幸不幸の数々が別の名に分かれる その声色が古石に囲まれた深い穴へ
落ちまわっていく しばらくしてねっとりした光に包まれた具象 
まだ人臭い廃屋に 生暖かくこもった情 我とは誰の肉


ともかくもいくつかのシトネがある 家はおのずと外れている 
だが離れすぎてはいない 陰影はそのままに それとは似つかない
亀裂あり 家人の傷ついた愛が 井をかけまわる
              天 


あゝつつましく行ってしまう 錯覚のように五感に沿ってきた
ものたち 幾度となく呼びかけてみるが うるおぼえの夢想めいて 
昨日であり明日とも言える日々が浮いたり沈んだり突伏したり 
庭へ 雑木林へ 夏の夜へ ハラワタへ 我とは誰の空き家   
爪の切る音 ぼっ! ぼ  庸な影絵
            凡 
わざとらしくおぼろな嘆息と息切れ 重苦しい叫喚の幾何学模様 


うっ う  返っていくらか芝居じみた静かな声がする
     裏
耳を引きちぎられた芳一の話がふってくる 安寿と厨子王と彼らの母の
残酷な運命がささやかれている または台所で天ぷらを揚げる音や
うどんを引く音 庭の野菜を収穫するささやかな楽しみの会話
助けを求める悲 や打ちひしがれた抱擁 疲れ切った涙 またはそれら以上の
       鳴
冷たい汗や軽やかな熱がくずおれる 大皿に盛った腸 黒い空 

   人の頭のからくりなど分からない ハッタリをかますが
   図に乗れない 踏み外す眠り端 フクザツな必然/を経た
   愚かな軽業が生臭くて とんと風流なこしらえです 因果小車 
   押しつけられた血を受けとり 怠惰に生きるシャバ塞ぎではあるけれど 
   気散じな花火 親しげに輝いて 

   骨上げの時 幼児の名で呼ばれた気が


根の国に道を見つけ 疾く去って行った人は もう黄泉比良坂を
登ったろうか そんなコソリとした語らいがあった
夏の朝一緒に共選所へ 野菜や果物の撥ねだしを買いに行った
ということも 


        ほんのりと 旬の桃の香りがただよう安穏な幸が 
肉合いの解けたウツロを穿って 根の浅い生活に突き刺さり
きっぱりと名付けて わたしはそこにいる形代に叫び歩み寄るが
物言わぬ広がりと 驚いて目を見張っている懐かしい
凝視があるばかり 


        生肌が行き違う くぐもった荒い突出 いぜんあの時
とても大きな家であったものが 白木の壁として目に据えられている 
眺めそのものとなって力強く 消しそこないの依拠 点々 
四肢はくだかれ首はころぶ なずきが溺れる 光の夢 撒かれる
                    逆 
撒かれる泣き殻 これより先は沖の白波シラネドモ ととのって秋風が立つ 


耳の裏に偲ぶ夜 昂ぶって薄墨の雲を漕ぐ 青空のカケラが三つ四つ 
笑っている丸い顔が悲しげで 時の印形を押されて魂 る
                        消 
そののち充ちたもの 空っぽなもの 血潮に属したもの
所有を拒んだものどもに逆さ水が流れ 甘く閉じた腺という腺が
何も示さず 何も放さず湿って どうやら剥き出た種は動く 
横隔膜を膨らませ歩く 残夢 眠りを分け合って裂けるへその緒

 

八潮れん​​​​​​​

詩を書く人。長野県長野市出身。横浜市在住。2011年アンスティテュ・フランセ東京の詩祭における仏詩翻訳コンクールで優秀賞受賞。2016年第4詩集として自作の日仏対訳詩集「Temps-sable/時砂」を仏人との共著で出版。近年日仏で様々なジャンルのアーティストと朗読パフォーマンスを行なっている。2018年朗読CD発表(仏人との共作)。同年仏ブルターニュでの現代詩フェスティヴァルに招待された。

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