八潮れん 欲望は威厳に満ちて  
抜き書き 2/0/2/0


体のあちこちがザラザラしているので驚いて考えてみると
入浴の時よく洗えていない部分があったことに気づく
この身ひきずって何年も生きてきたのにこの程度かとがっかりするが
人は土くれからできているその証拠なのだから感情的になることはない

これといった取り柄はない 自虐は得意だが脇においておこう 

晴れた日に外で目を閉じると太陽の血を感じる
このように大げさで行方知らずなセリフを吐くことは身勝手で楽しいことだ

陰気で笑えて歪んでいる話は面白い 気品あるいびつな遊びは難しいので
次第に冷え込んでいく 眼球のささやかな訴えは途絶えた


やまのおてらでかねがなる
やまのおてらでかねがなる


⌘ 〓  ‡


ひとつひとつの別れ 気楽と緊張に満ちた日々は隠される
ここは傷の入り口 まもなく薄桃色の新しい皮膚が広がるのだろうか
じっとりとした黒い幕の内と外 決してまみえることはない
どちらの側も激しいうねりを受け 火を発っする無数の糸が狂い踊る
 
    命を支えていた数々の理由は身を引き 

    以前以後が混じり合った 
    体はそれを抱いている背景と溶け合った 
    この魔法の瞬間 
    投射される影 影

どのようにも言い表せない広がりが だがはっきりと
無遠慮に差し出され 拒むこともできないまま空虚を約束される 
分解してはじけ去り その場限りのドラマが終わっても 
ずっと以前から広大無辺の中にあったのだな アヤツリニンギョウ

地上のある一点から誰かがこちらを見ている
まるで周りを成しているのは我であるというように
こちらもそのような哀れな形相で叫んでいる 叫ぶために黙している

ひとつひとつの哀惜 薄い薄いとばりに隔たれた ここ
皮膚そのままに触れてくるもの 非の打ちどころがないそれぞれの移行
どう見たのか なにを聞いたのか 逃れようもなく
不自由な声 部分も全体もなく流れていく 
奥底では分かっていたこと わたしの中心でわたしを産む人は
うなずく 目を見ひらく 

もう訳も分からず真昼に気泡がひとつぶひとつぶ
アウロラの脆いヴェールの向こう側に滑り込んでいく
人の支配を逃れた形のない眺め 時は止まっていない
長いこと荒い息をして黄昏に漂っている だがやがて魔酔が襲う
かつて命を宿した球体に 自らを身ごもらせて遠ざかっていったのだ
目に見えない地図のその先へ

  いつも不安にかられている 足元にある光よりも明るい夜は
  コロちゃんコロッケ コロッケ コロコロ
  ひがくれて  ひがくれて  鏡に映るは己の二重
  今生のかすかな心音は冬枯れ これが限り
  見えない野にまぎれる人の 野自身となった姿

熱さにおいてもっとも熱いこの秘密は 誰もが知っていて
これにひれ伏す 表象にもり上がる肉と骨の織物
むなしいとは自由でもあるのだな 出発すること
自分を捨て去ること 旅すること/放り出すこと
密閉された水をどこぞの大海原にぶち撒くこと



いつかはあらゆるものになる 疑いの にあるものに
                 外
だから今は情け容赦なく血を流せ 獰猛な魔物が
目の前で様子を伺っているのだ いとわしくも
いとしい目つきで 元を狙っているのだ
        喉
人を怯えさせて酔わせ血管に侵入してくるのだ

粗暴でつじつまの合わないこの睨み合いはいつ てるとも知らず
                     果
気がつけば互いの瘴気を孕んで どこにでもある裂け目
すぐ近くのありふれた り 不可視に貫かれた窪みへと
          巡
なだれ落ちていくのだろう その生き物たち 
それとは知らずに重なり合って



八潮れん​​​​​​​

詩を書く人。長野県長野市出身。横浜市在住。2011年アンスティテュ・フランセ東京の詩祭における仏詩翻訳コンクールで優秀賞受賞。2016年第4詩集として自作の日仏対訳詩集「Temps-sable/時砂」を仏人との共著で出版。近年日仏で様々なジャンルのアーティストと朗読パフォーマンスを行なっている。2018年朗読CD発表(仏人との共作)。同年仏ブルターニュでの現代詩フェスティヴァルに招待された。

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