八潮れん 欲望は威厳に満ちて  
断章 Ⅲ
  
あるいは思慕


基本的気分が切れ切れ帰来して
謎めき嬉々として気息緊張 奇怪奇抜を
振りまく香炉けむたく 鬼や生は祈をさがす
喜は黄色 これは輝に対する 輝だけに対する応答
合図ではない 器の振る舞いや発声に記述されながら
溶け合ったり 切り開いたりすることができない俗なキ


稀にすがすがしい恒常を見つけて 色合いに満ちた悲嘆や
ときめきで少しばかり戦闘的になれば 体と情を
口述するあのマエノメリがのたまう

あんたシジンって言っているのだから
こんなところにいないで 好きにやればいいんだよ

情動リアルを隠して 品よく韻律符号配置に支配された
中身は 距離を置いた印として書かれ読まれる 
深々とした内容物を期待して 苛立ちの
種を拾っては投げ 波にのって書くも
読むも からからまわりに余念なし


舌をなめるのは一つの言語活動で 
言い訳の意味がある さらに赤っ恥の意味
として 自分の荷物を身体中に重ねつづける 
それでも ますますいつまでも出発できないこの
ドタバタは 誰かとモノの近づく一足ごとに激しくゆれて 
真っ白い草食動物のような歯を見せ 名もなくおどけおどる

はみ出しねじ曲がり 大脳皮質 次に脊髄へ渡る新緑の香り
あるいは熱い空気に蒸された果実の花 みつばちの羽音
夢の墓標にのぼる太陽や あたりを燻蒸するバリトン
不安を連れ去る月 激しい炎に舞う蛾 なんでも
飛びついて てんてんとおどけうたう

ここでは何か捨てたり諦めたりする必要はない
おまえの全てがあるだけだとバリトン アジな文句を響かせる


病は慌ただしく更新して 王が
道化に 道化が王に消えつつ現れる
陰謀を企み実行する自分に驚き苦しみながら
うっとり睡眠めいて わたしは醜く何の値打ちも
ないと披露する 全くはっきりしない 灰色の日差し
 
反して黒い穴 脅しのように捨てられた心残り 不満衝突
行き詰まり なくてはならない自滅のすみか 求めれば
求めるほど抜けられなくなる この誇らしい幽閉の
なかで穴はさらにもっと遠くをめざす うっかり
手放してそれっきり いたのにいない人 
なんなく裂かれて なんどでも見失う
 

じいさん ばあさん この灯りでお出あい お出あい
 
自分の姿を見るすべを知らないので 死は思案する
我は目に見えない膣 原初のすみか とか
憎しみや涙や老いが裂けたり閉じたり
燻されていくとろ火で わたしという想像上の完全を
使い果たしていく様はどうか 
じいさん ばあさん この灯りでお出あい お出あい

並んで歩いていたのに顔を見なかった
ほんの少し口をきいた気がする
温かいものを取り逃したようでとても悔やむ
しかしとにかく今度はつながった
ごめん 遅くなってしまった 泣かないで
ははさん 明日の朝いちばんで帰るから
しかし今度は間に合った 
あれ でも家がない

じいさん ばあさん この灯りでお帰り お帰り


少しだけ悲しむのが悲しみ方の醍醐味 
考えることに負けて 誰彼の足取りに巻き込まれ 
なぜと思い巡らし 考えることに逆らっていく 燃えるか
耐えるか 誘われ追い詰められ いかにも叶わぬ歴史 
いかにも気分なお伽話 いかにも家的な

おぉい木 ネノクライハサキに諧謔の
エキスを むやみにカナ違いな声がのたくってしまうから 
おぉい それをなんとか散らしてほしいんだ


運動は暗然と湿って 力なく枯れ 
止まる それを知っていても分からず 体から
少し離れたところで カナいじりをするばかり 喪失を
受け入れるのだから わたしはあなたをここで再び見出しても
いい あなたを失ったのではなくて あなたのなかに
閉じこもり繋がりながら ろうそくか細く 息
づかいのない振動 遠くから近くから浮かぶ
から しっかり捕まえて しみじみ話を

どこからかこんごんごぉん ぎゅわぁんと
音がして草の踏みしだく機嫌が 右の耳から左へと
通り抜けていく あなた深い風 


花片ほぐして 向こう側
今も昔もまぜこぜの毒娘毒息 
時無しの方々 みにしみてわすれかね 
そうろう 夢見る脈管をめぐり 遅咲きの
わたしたち 凍って割れて何を剥がし  
どんな水を吸い 何に成り果てる 
バカに明るいこの夜辺で

音がくがく いかめしや
文がくがく うらめしや  

八潮れん​​​​​​​

詩を書く人。長野県長野市出身。横浜市在住。2011年アンスティテュ・フランセ東京の詩祭における仏詩翻訳コンクールで優秀賞受賞。2016年第4詩集として自作の日仏対訳詩集「Temps-sable/時砂」を仏人との共著で出版。近年日仏で様々なジャンルのアーティストと朗読パフォーマンスを行なっている。2018年朗読CD発表(仏人との共作)。同年仏ブルターニュでの現代詩フェスティヴァルに招待された。
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