
八潮れん 欲望は威厳に満ちて
断章 2
字ずらを追って折って 行けば
ゆるみつつ仕掛けた空白の呼吸ほとばしる
とは言えずとも 思いがけない結びがあるかもしれない
その広がりから逃げてもいいけれど
開かれた言と霊の動き うれしや
生まれまわる親しい叙情 たくましや
言葉気球の浮き沈み この飛躍は未だ生煮え
ゆがみつつ勝ち誇り ジフに満ちながら震えている
妙なる微かなつばさは芝居じみて
外に身を散らすより 何か小さなものに溶けること
この突き刺さる実感メタファー いかようにも
料理して旨みを吸い取ってやる 善い語もいいけれど
骨を刺しておくれ どんづまり
∞
人族のさざなみにしてやられ してやったり
いつだって魂はその体から抜け出すためにもがいている
あるいはいつだってそれは極楽遊びにうずうずと出かけた
ツバサしてくる ツバサ者の理に浸され
肩で少し字ずらを蹴ったら うっとりと動きはおこる
力のこもった瞬間の脳髄の沐浴 半夢 日付のない思い出
ははさん こんなところで何をしているの
何ってあなたを待っていたんだよ
∞
落ち葉のざわめきにおののいて
その息づかいにしたがい 風の間に間に
吹き流される種子 野育ちの小さな寓話を
その締め付けを背負いすぎ 賑やかしい
雨に揺られた舟が知らず知らずに水を離れて
上空に向かう 透明なオブジェ ははさんが微笑む
霧状の呼応 巨大な花
∞
名もない夜 それどころか昼の極限 熟していく果実
太陽に愛でられて その形状を金色に染める頃
脈絡はあったのか 半夢に沈んだり浮いたり
包むとともに包まれる気配 少しずつ精(すだま)が目を覚ます
空にある様々な徴候は呼びかけ
もっと高く さすれば足場は現れる
自身の速さの風を 動かない風の音をまず飛べ
ぶちかます気力だな
落ちて足元に 己の獲物に監視を怠らぬ開口を作った
転落の病 夢見心地 裏返って
ほとんど細部のもたない鳥の形を放ちながら
語はそれぞれの物腰 文はそれぞれの歩み
発話する雲に運ばれて 高く吊り上がり 吊り下がる
∞
ひっそりとした田舎家 朽ちかけた壁
だらりとした鉛色の蒸気が夢想されて
静かにおののく文字の上に 広い布が落ちかかり
重々しくとばりをおく 雄弁な思い出と
影の国の人たち 下から上へ落ちていく未練や後悔
隠しごとに満ちた土蔵から姿を現すのは
塵埃の力 これがあれば逃げ去る晴れやかな
季節は たぶん見える
∞
衝動の矢は誰かを傷つけるだろう
しかしそれは己が罪に超然としている
気力と笑みに満ちてくつろぎ
朝日の真っ直ぐな矢 後戻りしない決意の行為
目覚めの長い要求を経て 高さと深さの的が
暗い血の粘り気をもって 青空をしたたらせる
∞
束の間の雲に誘い出され 冷やかされて
なんとなく戻ってくる 責任のない徘徊
光をふるいにかけ常にヘンゲする雲霞をかき集めて
軽々しく 鳥状のものが見えない文字を織っていると一句
それはわたしの手の中で丸みを帯び
音もなく転がり出る薄明かりの嘆き節
一字一字層を重ねてはちりぢりと中空に登らせる
雨を降らせようか 雪にしようかと思案しながら
∞
星の川の水草 水面に櫂の音
その岸辺をただよう雲 それから大海原
湧き出てあふれ沸騰する ゆっくりと
深淵を食らって 望遠鏡のレンズはまた星に戻る
∞
さあわたしらのように真っ直ぐに伸びよ
山の木々はうちしおれた人に言う
さあ樹液の芳醇を注いであげよう
わずかだが動いてやろう
満足すべき表現を見つけたか
わたしらの血は二つの方向に流れて
いるのだから 活力が違うのだ
根は死者が暗黒の濃密な地下に浸っている地殻まで達し
一方は天の高みに向かっていく雄々しさだ
季節の向こう側に行きたくはないか
わたしらの半透明な体が光っている
この輪郭をかき乱してみないか
苦しみの木 もがく木 熱狂する木
靄はゆっくりと広がって 灰色の
木型が伸びていく 微かな死臭
人馴れないものどもを動揺させよ
∞
字ずらを追って折って行けば 冒険の予感
否応なく共に生きて 時に紐づいたモノの嵐
わたしの作り出す記号 そのモノはわたしですか?
逃れようとしても取り込まれる この固まった地帯で
苦痛が今あるように 責め苛まされてきた見知らぬ亡魂を
内側に据えてどう書きましょうか?
とはいえ そんな気の利いた慢性的喪の歌に
人はすでに見捨てられている
情け容赦のない 物言わぬ獣に引っ掴まれ
打ち砕かれて その身に飲み込まれるために
生ける墓を生かしめるために冥き風は起こるのだ
いちいち驚く小ぶり者が走り抜ける
むくんで手に負えなくなった頭部の
どこかが目覚めた気になり どこかを壊した気になり
おされおされて彼方に向かう
チイサキモノヲオソレテハナラナイ
天蓋にはたくさんの風来亡が 近寄りがたくたゆたう
八潮れん
詩を書く人。長野県長野市出身。横浜市在住。2011年アンスティテュ・フランセ東京の詩祭における仏詩翻訳コンクールで優秀賞受賞。2016年第4詩集として自作の日仏対訳詩集「Temps-sable/時砂」を仏人との共著で出版。近年日仏で様々なジャンルのアーティストと朗読パフォーマンスを行なっている。2018年朗読CD発表(仏人との共作)。同年仏ブルターニュでの現代詩フェスティヴァルに招待された。