八潮れん 欲望は威厳に満ちて  
断章 1


なんらかの投影が散らばったっとして 
それは髑髏と思う寂しさ
懐かしい家を探しているっとして
思惑に包まれくたびれた家 感じるけれどどこだろう 
優しさはある 半分の顔と半分の声が とても本当らしく
谷の底か遠い峰のかなたでずっとくすぶっている


落魄した家が繰り返し舞い戻って団らんを作る
楽しいわけではないが みつみつとしたものがある
ははさんを背負う 重いと思うまに
わたしがははさんにおぶわれている
あなたはわたしで わたしは超えてきた荒墟


泥からやみくもに動きでて歩み
それが終わるとまた泥にかえる仕組み
閉じられた昼 己が発する爆ぜる音
めざましく燐火に酔うひとかた 


一夜流れの父と母 迫ってくるので
隠された山千鳥の子があとを追う
来た道がどこからか開かれ 逃れては開かれ

あやふやこうや
くねってまがって
しんぼうつよく やかれるがいい

あつあつになって戻ってくる彼ら
の 粉塵を吸ってカタミ分け

人の行き着いた姿


動かなくなった人が体温を残して
ここにあるとする 生きていようと
死んでいようと 気骨のある魂はなんら変わるところがないという


開いた目の裏 辛抱強く揺れつづける文字列
迂回反復ばかりで どこに行く
ワタシは別の場所だよ 消されながら
ワタシはいるんだよ


季節は慌ただしく
光彩に温まる風物は土気色になる
鋭い牙で我らに穴をうがつ北風が呼ばれる
いきがあがる


死は一瞬のかげと言ったのは西洋の坊様だから
わたしの感じた気配とは別の物だろう
死はなるのでなく うまれるもの
稽古のしようもない 


その知らせを聞けば激しく咳き込んで
あれが聞こえれば 遍路の鈴がさざなみ立つ
語りの時間が広がって その前と後ろにあるクウは原初とか


穴は中心にあいていて底から虚と実がのぞく
泥臭い夢想に満ちていて 古い文字の地平が続く

彼は書いた 書いたかもしれない
書いたはずだ だが書くには及ばなかったかもしれない


陽の光の合理と日々の縁にある足場
それらはそれらにおいてそれらの主ではないとか
立ち往生 何かと辛抱強く
ゆれつづける 非人称のかたまり 
知っても知らぬ過去がこくこく
知っても知らない道を行ったり来たり
どこにも行きつかない歩みはあちこち見当違いの足踏み
消されながら ありつづける血のり 情緒てんめん


いやここではないだろう
忘れ物のないように 時間に遅れないように
行きつつ戻りつつ ぼんやりと几帳面な足もと
突き詰めてみれば薄っぺらで
つまずいて咄嗟に誰かの手をつかむ 

念入りに間違えた? いつの間にかわたしをまいて
消えていってしまう人たち 手当たり次第に興の薄い問いをかけ
あの人この人に道を尋ねる 家に帰るためだけれど
どうしてか胸の奥から脇道にそれていく


この世に生を受けてしまったと
踊り超えては跳ね返る凡夫の代謝
些末な日々の連なりに棘が刺さり
電気が走り 砕けて宙に散る
迷うも狂うも今のうち
なにか起きるものとしてここにいる


レヒト マハト ゲヴァルト 勝者敗者
剥き出しの力 混じり合う引力=反発
自己保存と破壊 愛と支配は分かち難く
何か起こるはずみがあって 落ち着きのない塊が
センソウに熱狂し ハンセンに熱中する
戦いはやむ兆しなし


思いついて原始を訪ねれば 古層の群れでの原殺人者
我が血のかなたに刻まれる殺意の衝動
日々だれかれを己への侮辱罪で切り刻んでいる


我が血は公式には善良であろうと努力しているので
夢では利己的な主題に支配される
いわくわたしは死なない 動じることは何もない 
危険は無視する この英雄面は合理を顧みない
古い粗野な心構えで血流をさかのぼり 遥かに望む他者へ
残酷で悪意に満ちた目を向ける
戦いはやむ兆しなし

ただし愛する者の命脈が尽きれば 分裂した感情を爆発させて
途方に暮れる まったく地上のことはこのめまぐるしさの中で
わたしに想像されながらうるさく立ち現れてきてしまう


己については終わっていくのを観察するのみ
己の死を信じない気質は だからセンソウにおいて都合がいい
見知らぬ人々を敵とみなし 愛しい者の終焉を
耐え抜くよう励まし合って 数字とともに
気まぐれで仕組まれた事件という事件が 錨を上げる
自然はつがいになった愛と憎悪を働かせて


だが創造の舞台は運命に縛られながらも
それを知り寂滅をわきまえている
情熱の探究者 激しく威嚇する預言者
繊細な皮肉屋たち 美に耽溺した者ども
他者を殺める人物が登場して 観客は落命と和解する
主人公と同化し 彼らと共に逝ってしまうが 彼らより生き延びて 
別の主人公と新たな入滅を経験する晴れがましさ


反射 Midnight in Yokohama

知ってか知らずの通りを
知ったかぶりで歩くこと
とらえてもとらえきれない
角を曲がって あゝあの映画のように
誰かが車などで迎えにきてくれたなら…

さっと親密な音調 舞い上がり
飛ぶ空を超えてわたしたち 翼はないけれど
墜落する力を強くもって
さらにさらに舞い上がっていけたなら



                注:後半のいくつかはフロイト著「人はなぜ戦争をするのか」を参考にした。
八潮れん​​​​​​​

詩を書く人。長野県長野市出身。横浜市在住。2011年アンスティテュ・フランセ東京の詩祭における仏詩翻訳コンクールで優秀賞受賞。2016年第4詩集として自作の日仏対訳詩集「Temps-sable/時砂」を仏人との共著で出版。近年日仏で様々なジャンルのアーティストと朗読パフォーマンスを行なっている。2018年朗読CD発表(仏人との共作)。同年仏ブルターニュでの現代詩フェスティヴァルに招待された。
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