八潮れん 欲望は威厳に満ちて
断章 1
なんらかの投影が散らばったっとして
それは髑髏と思う寂しさ
懐かしい家を探しているっとして
思惑に包まれくたびれた家 感じるけれどどこだろう
優しさはある 半分の顔と半分の声が とても本当らしく
谷の底か遠い峰のかなたでずっとくすぶっている
*
落魄した家が繰り返し舞い戻って団らんを作る
楽しいわけではないが みつみつとしたものがある
ははさんを背負う 重いと思うまに
わたしがははさんにおぶわれている
あなたはわたしで わたしは超えてきた荒墟
*
泥からやみくもに動きでて歩み
それが終わるとまた泥にかえる仕組み
閉じられた昼 己が発する爆ぜる音
めざましく燐火に酔うひとかた
*
一夜流れの父と母 迫ってくるので
隠された山千鳥の子があとを追う
来た道がどこからか開かれ 逃れては開かれ
あやふやこうや
くねってまがって
しんぼうつよく やかれるがいい
あつあつになって戻ってくる彼ら
の 粉塵を吸ってカタミ分け
人の行き着いた姿
*
動かなくなった人が体温を残して
ここにあるとする 生きていようと
死んでいようと 気骨のある魂はなんら変わるところがないという
*
開いた目の裏 辛抱強く揺れつづける文字列
迂回反復ばかりで どこに行く
ワタシは別の場所だよ 消されながら
ワタシはいるんだよ
*
季節は慌ただしく
光彩に温まる風物は土気色になる
鋭い牙で我らに穴をうがつ北風が呼ばれる
いきがあがる
*
死は一瞬のかげと言ったのは西洋の坊様だから
わたしの感じた気配とは別の物だろう
死はなるのでなく うまれるもの
稽古のしようもない
*
その知らせを聞けば激しく咳き込んで
あれが聞こえれば 遍路の鈴がさざなみ立つ
語りの時間が広がって その前と後ろにあるクウは原初とか
*
穴は中心にあいていて底から虚と実がのぞく
泥臭い夢想に満ちていて 古い文字の地平が続く
彼は書いた 書いたかもしれない
書いたはずだ だが書くには及ばなかったかもしれない
*
陽の光の合理と日々の縁にある足場
それらはそれらにおいてそれらの主ではないとか
立ち往生 何かと辛抱強く
ゆれつづける 非人称のかたまり
知っても知らぬ過去がこくこく
知っても知らない道を行ったり来たり
どこにも行きつかない歩みはあちこち見当違いの足踏み
消されながら ありつづける血のり 情緒てんめん
*
いやここではないだろう
忘れ物のないように 時間に遅れないように
行きつつ戻りつつ ぼんやりと几帳面な足もと
突き詰めてみれば薄っぺらで
つまずいて咄嗟に誰かの手をつかむ
念入りに間違えた? いつの間にかわたしをまいて
消えていってしまう人たち 手当たり次第に興の薄い問いをかけ
あの人この人に道を尋ねる 家に帰るためだけれど
どうしてか胸の奥から脇道にそれていく
*
この世に生を受けてしまったと
踊り超えては跳ね返る凡夫の代謝
些末な日々の連なりに棘が刺さり
電気が走り 砕けて宙に散る
迷うも狂うも今のうち
なにか起きるものとしてここにいる
*
レヒト マハト ゲヴァルト 勝者敗者
剥き出しの力 混じり合う引力=反発
自己保存と破壊 愛と支配は分かち難く
何か起こるはずみがあって 落ち着きのない塊が
センソウに熱狂し ハンセンに熱中する
戦いはやむ兆しなし
*
思いついて原始を訪ねれば 古層の群れでの原殺人者
我が血のかなたに刻まれる殺意の衝動
日々だれかれを己への侮辱罪で切り刻んでいる
*
我が血は公式には善良であろうと努力しているので
夢では利己的な主題に支配される
いわくわたしは死なない 動じることは何もない
危険は無視する この英雄面は合理を顧みない
古い粗野な心構えで血流をさかのぼり 遥かに望む他者へ
残酷で悪意に満ちた目を向ける
戦いはやむ兆しなし
ただし愛する者の命脈が尽きれば 分裂した感情を爆発させて
途方に暮れる まったく地上のことはこのめまぐるしさの中で
わたしに想像されながらうるさく立ち現れてきてしまう
*
己については終わっていくのを観察するのみ
己の死を信じない気質は だからセンソウにおいて都合がいい
見知らぬ人々を敵とみなし 愛しい者の終焉を
耐え抜くよう励まし合って 数字とともに
気まぐれで仕組まれた事件という事件が 錨を上げる
自然はつがいになった愛と憎悪を働かせて
*
だが創造の舞台は運命に縛られながらも
それを知り寂滅をわきまえている
情熱の探究者 激しく威嚇する預言者
繊細な皮肉屋たち 美に耽溺した者ども
他者を殺める人物が登場して 観客は落命と和解する
主人公と同化し 彼らと共に逝ってしまうが 彼らより生き延びて
別の主人公と新たな入滅を経験する晴れがましさ
*
反射 Midnight in Yokohama
知ってか知らずの通りを
知ったかぶりで歩くこと
とらえてもとらえきれない
角を曲がって あゝあの映画のように
誰かが車などで迎えにきてくれたなら…
さっと親密な音調 舞い上がり
飛ぶ空を超えてわたしたち 翼はないけれど
墜落する力を強くもって
さらにさらに舞い上がっていけたなら
注:後半のいくつかはフロイト著「人はなぜ戦争をするのか」を参考にした。
八潮れん
詩を書く人。長野県長野市出身。横浜市在住。2011年アンスティテュ・フランセ東京の詩祭における仏詩翻訳コンクールで優秀賞受賞。2016年第4詩集として自作の日仏対訳詩集「Temps-sable/時砂」を仏人との共著で出版。近年日仏で様々なジャンルのアーティストと朗読パフォーマンスを行なっている。2018年朗読CD発表(仏人との共作)。同年仏ブルターニュでの現代詩フェスティヴァルに招待された。