中村剛彦 生存と詩と
5、視る人

 前回の更新からだいぶ日が経ってしまった。情けない。ただ気の向くままに、生存の実感があるときに、これはつづけようと思う。

 先日、『幼年時代についての101篇の詩(マイケル・ドナヒー編)〈101 Poems about Chilidhood edited by Michael Donaghy〉」を近所の海岸で酒を飲みながらぱらぱらと読んでいたら、スティーブン・クレイン(Stephen Clain〈1871-1900〉)のこんな詩を見つけ、痺れた。

'I met seer’  Stephen Clain

I met a seer.
He held in his hands
The book of wisdom.
‘Sir,’ I addressed him.
‘Let me read.’
‘Child ー‘ he began.
‘Sir,’ I said,
‘Think not that I am a child,
For already I know much
Of that which you hold.
Aye, much.’

He smiled.
Then he opened the book
And held it before me. ー
Strange that I should have grown so suddenly blind.

拙い翻訳をしてみる。


「予見者」  スティーブン・クレイン

私は一人の予見者にあった。
彼はその手に
叡智の本を持っていた。
「先生」と私は乞うた。
「それを読ませてください。」
「子どもよ……」と彼は言った。
「はい」
「いいか、私は子どもではない、
 すでにすべてを知っている
 お前が持っているもの。
 眼、それがすべてだ
。」

 彼は微笑んだ。
 そして本を開き
 わたしの前に差し出した……。
 以来、おかしなことに私は盲目の大人になってしまった。
 

 直訳ではないので、誤訳があれば指摘を待つが、こうして英詩を読みながら一語一語を噛みしめて訳することは、日本語にどっぷり浸かって思考し、日本語の領域の外にある世界に盲目となったこのポンコツ脳髄を覚醒させてくれる。
 しかしこの詩「予見者」は、言語の壁を超えて普遍的な詩である。このアンソロジー詩集を編んだマイケル・ドナヒーという詩人は若くして死んだが、この詩の作者スティーブン・クレインも夭折している。1871年生まれで、1900年没であるから29歳で世を去っている。アメリカ人で、職業はジャーナリスト、戦争小説家でもあった。ウィキペディアによれば、「借金苦とアルコール」で早世したとある。しかしヘミングウェイやヘンリー・ジェイムズなどの20世紀英米文学の大作家に多大な影響を与えたらしい。
 正直、私は彼のことをまったく知らなかった。そしてこのようなちいさな、しかし類い稀な詩を残した詩人がいたことに、なんとも言えない峻厳な感動をおぼえる。ある意味、彼のように死にたかった、と感じる。「盲目の大人」となる前に……。


ーーーーーーーーーー

 自分がいまも生きながらえていることは不思議だ。生きていることに疲れ過ぎて、自殺を考えなくもない。しかし、まだ自分の生の証明を見つけられてない以上、生きたいとも思う。なぜ私はこの家族に生まれたのか? なぜこの国に生まれたのか? なぜこの時代に生まれたのか? と問い、「叡智の本」を読み漁る。
 「生の証明」? いまつい書いてしまったが、生きてあること、それ自体が証明であることを知りながら、それを実感できないでいる。その理由はおそらく……クレインの詩が述べている… …。
 私は決してもう「眼」を取り戻せない。子ども時代は、言葉も、叡智も不要で、存在がそのまま「生」そのものだ。なぜそのままで生き切れないのであろう。「盲目の大人」へと成長することの哀しみは、常に現代文学の核心でありながら、生きることの普遍の悲しみだ。


 私はなぜここに在るのか。
 もう一度、眼を開かせてほしい。 


   (2021.5.21)
中村剛彦(なかむらたけひこ)
1973年、横浜生まれ。詩人。元ミッドナイト・プレス副編集長。詩集『壜の中の炎』『生の泉』(ともにミッドナイト・プレス)。共著『半島論 文学とアートによる叛乱の地勢学』(響文社)。
隔月連載評論:「平成詩漫歩」(「新次元」サイト)
http://geijutushinjigen.web.fc2.com/47nakamura.pdf

過去の連載等(ミッドナイト・プレスHP)
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