玉城入野 映画の地層 ⑥
非同期とでんぐり返し(上)


​​ 神代辰巳(1927年―1995年)に『宵待草』(1974年)という作品がある。

 大正末期あるいは昭和初期頃、大日本帝国に抵抗するアナキスト組織が、運動資金調達のため、右翼の巨頭で資本家の令嬢(高橋洋子)を誘拐し、身代金を要求しようと思い立つ。

 そして、いざ令嬢と身代金を引き換える際、彼女の祖父にあたる資本家が「国のためだ、死んでくれ」と、アナキストもろとも孫娘を殺そうとする。組織の一員で、以前から令嬢と知り合っていた国彦(高岡健二)と彼と仲のよい平田(夏八木勲)は、彼女を助け出し、身代金をも奪って、抗争の場から逃走する。

 しかし、身代金は札束の一枚目だけが本物で、あとはすべて新聞紙だった。まんまと騙されたわけだが、アナキストたちは裏切った彼らを執拗に追いかけてきた。かくして、三人は、右翼からも左翼からも追われる身となって、逃避行の旅に出る。

 私は、二年ほど前、スクリーンでこの『宵待草』を見て、強い衝撃を受けた。茫然としてしまって、映画が終わっても、すぐに席を立つことができなかった。長谷川和彦脚本による筋書きも確かに面白かったのだが、それにも増して私を驚かせたのは、神代辰巳の演出である。

 アナキストたちが、武器を盗むために憲兵の宿舎を襲撃する場面。憲兵たちの逆襲に遭い、抗争を抜け出した国彦と平田が路面電車に逃げ込み、一駅も行かないうちに走行する電車から飛び降りて去っていくまでの疾走感。

 また、身代金が新聞紙と分かって車からそれをばらまくシーンが切り替わり、ある映画を撮影している集団が突然フレームインしてくる場面。一人の女を巡ってなのか、走りながら闘っている男たちを、リヤカーに乗ったカメラとスタッフが移動撮影をしているところを映し出してみせるという、意表を突く演出。

 この後、その映画の監督と平田が知り合いだったことから、今度は、平田たちの車を使って撮影が始められる。そこへアナキストたちが追ってくる。慌てた三人は、監督や役者たちですし詰めの車に乗り込んで逃げる。劇中の現実と劇中の映画撮影を同居させ、ダイナミックに映画を変転させていく、この自在ぶり。

 さらに、逃げる彼らの車の向かう先には、巨大な気球があって、徐々に引いていくカメラがロングショットでその気球の全体を映し出す。テレビの画面では迫力が伝わらないのだが、スクリーンで見ると、不意に気球が現れたことに仰天し、その大きさに圧倒される。加えて、三人を乗せて空を飛んでいる気球を、上空から撮ってしまうという、この大らかさ。

 きわめつけは、別れのときが迫ったラスト近く、海岸に臨む無人駅の線路に沿って三人が歩く場面。小雪まじりの寒風が吹きすさぶ中、三人は俗謡を歌いながら、でんぐり返しを始める。その後、一人になった令嬢は、砂浜ででんぐり返しを続ける。そうしているうちに、映画は終わってしまう。なんの脈略もない行為を、平然と役者にやらせてしまう演出の大胆さと荒唐無稽ぶり。

 この作品を見て、私は、自分が神代辰巳を全く知らなかったのだということを突きつけられる思いがした。大げさな物言いだが、本当にショックを受けたのだ。

 とはいえ、神代の作品といえば、萩原健一(ショーケン)主演のドラマ『傷だらけの天使』(1974年)で監督した二話と、そのショーケンが出ているという理由で『もどり川』(1983年)と『恋文』(1985年)をテレビの画面で見て、他にはスクリーンで『噛む女』(1989年)一作しか見ていないのだから、知っているはずがない。

 しかも、見た映画については、その内容や場面、演出など、全くといっていいほど記憶していない。要するに、私は映画好きを自称しながら、これまで神代辰巳に注目してこなかったのだ。なんと迂闊なことだろう。

 あれから、『宵待草』の不思議な魅力と、神代辰巳の独特の映画作りのことが、ずっと気になっている。だからといって、その後、彼の作品を多く見たわけではない。せいぜい、有名な『青春の蹉跌』(1974年)をまず見て、最近ようやく『黒薔薇昇天』(1975年)を見たくらいだ。神代を語る上で欠かせない日活ロマンポルノ時代の作品は、『黒薔薇~』以外、見る機会を得られていない。

 なので、これから私が書こうとしていることは、多分に推測の域を出ないものになるだろう。神代辰巳を知らないということを常に意識しながら、なお神代作品について、考えていこうとするものである。

 まず、『宵待草』を見て、私は、この映画が奇妙な明るさに満ちているような印象を受けた。ニヒリスティックで、退廃的でもあり、悲劇がないわけでもないのだが、軽妙で、涼やかな明るさが、作品全体のトーンになっているのだ。

 先述したように、物語は、アナキストがクーデターを仕掛けようとし、その過程で主人公たちが組織を裏切って内部抗争に発展し、破綻していくというものだが、そこに悲壮感はない。むしろ、見ている内に、なにか、精神が開放されていくような、ごく単純な意味で「自由」を得たような気分になってくる。どうしてなのか。

 それは、劇中で頻繁に流れる「歌」に、理由の一つがある、と私は思う。流行歌というのか、大衆歌謡というのか、登場人物たちが唱っている場合もあり、誰が唱っているのか分からない歌が、場面とは脈略のない、というより、むしろ物語の意味を脱臼させるようなゆるい歌が、あちこちで流れるのである。気球が飛ぶ場面などは、太鼓の軽快なリズムに乗せて、民謡が流れる。

 『宵待草』では、初めて映画音楽を手がけたという細野晴臣の曲も、もちろん使われているのだが、耳に残るのは、俗謡のほうなのだ。細野の音楽の使用で印象的なのは、資本家側の右翼たちとアナキストが対決する緊迫したシーンや、ラスト間近で国彦が船上で斬られる壮絶な場面である。細野の、軽妙で、どこかのんびりした曲を流すことで、場面を弛緩させる効果を出している。

 こうした音楽の使い方は、どうやら神代なりの「こだわり」があるらしい。というのも、『青春の蹉跌』の音楽は井上堯之バンドで、それはいま聴いても名曲だと思うのだが、劇中では、しばしば「エンヤートット、エンヤートット」と呟くような、気怠げに唄うショーケンの歌声を流し、「青春映画」のムードを破っていく。

 『黒薔薇昇天』では、幾代(谷ナオミ)が、夫が探偵を雇って自分を尾行させていたことに傷つき、首を吊って死のうとする。そこへ、探偵になりすまし、彼女を騙してブルーフィルムに出演させようと企む映画監督の十三(岸田森)が、幾代を助ける。ここで、ダウン・タウン・ブギウギバンドの『知らず知らずのうちに』という、ピュアなラブソングを流すことによって、明らかなミスマッチを生み出している。

 先ほど、音楽について、神代なりの「こだわり」がある、と書いた。それは、ロマンポルノ時代に培われたようである。インタビューで、監督三作目『一条さゆり・濡れた欲情』(1972年)での「土俗的な日本の民謡猥歌」を使った手法を問われた神代は、次のように答える。

「創作的にそういうことをやったんじゃなくて、必要でそうやった。というのは、音楽予算がないんです、ロマン・ポルノに。音楽家というのもいませんし、にもかかわらず音楽を入れなきゃいけないということですね。そうするといままでのロマン・ポルノは、旧作の音楽を引っ張り出して、いろいろ選んで入れていたわけですが、どうしても合わないんですよ、どんな音楽を持ってきても。(中略)この前「青春の蹉跌」と、今度「宵待草」をやったんですけど、音楽家が音楽を入れていると、てめえが素っ裸でいて、向こうが着物を着せてくれるのを黙ってこう……、いやですね、着せられているみたいで。着せかえ人形みたいな気がしてね。ロマン・ポルノの音楽のほうが僕にはいいですね」(*1)

 音楽家の音楽を入れると、見る者の情動を呼び起こす効果はあるが、それはあくまで飾りつけに過ぎず、作品の本質ではない。映画音楽が惹起するのは、映画会社や観客が求める「感動」なのであって、神代の音楽の使い方が場面とミスマッチしているのは、押し付けがましい「感動」に抗い、作品自体を見せようという意志の表れなのかもしれない。

 それから、神代の音の挿入の仕方について、気になっていることがある。それは、アフレコという手法についてである。『宵待草』の一作だけ見ても分かるのだが、劇中に流れる歌が、登場人物の唄っているものかと思いきや、歌は流れたままで、その人物は、別にセリフを語り始めたりするのだ。

 つまり、それはセリフについてもいえることで、口の動きとセリフがシンクロ(同期)していないことが、しばしばある。『青春の蹉跌』『宵待草』の脚本を書いた長谷川和彦は、こう証言する。

「俺は元々全部同時録音したがるイマヘイ(今村昌平―筆者注)さんの下で育ったから「アフレコなんて邪道だ」という思いがまずあったんですよ。(中略)だが、ロマンポルノは基本的にアフレコだ。たとえば西(西村昭五郎―筆者注)さんの『団地妻』シリーズで撮影現場は殺伐としたものでも、アフレコをやって白川和子が声をあてると、急にエロティックな映像になるんだよ。「あ、声なんだ」と俺は理解したんだ。アフレコのワザがあるな、と。それは痛感したな」(*2)

 加えて、このアフレコという手法についての神代独自の考え方についても、長谷川は重要な証言をしている。

「『青春の蹉跌』の「エンヤートット」もそうだが、アフレコで現場とは違うことを言わせたりするからな。『アフリカの光』の時かな、流石に見るに見かねてクマ(神代辰巳―筆者注)さんに「口とセリフが合っていないじゃないか。これはマズいだろう」と進言したことがある。そしたら「でもさ、ゴジ(長谷川和彦―筆者注)、口とセリフが合い過ぎたら気持悪いじゃん」って言うんだよ(笑)」(*3)

 おそらく神代は、ロマンポルノの経験から、アフレコの効果を熟知していた。つまり、観客に性的な情動を喚起するのが、映像とともに「声」なのだということを。それゆえに、アフレコという手法の本質を見抜き、口の動きと声がシンクロすることによる権力性(感動という同期)を生理的に嫌悪し、あえて非同期にしたのではないか。私はこう推測している。(次回へ続く)


*1…「神代辰巳 自作を語る―『かぶりつき人生』から『宵待草』まで」聞き手=白井佳夫(『映画監督 神代辰巳』国書刊行会、2109年。初出『世界の映画作家27 斉藤耕一 神代辰巳』キネマ旬報社、1975年)

*2*3…長谷川和彦「神代辰巳、撮り続けて死んだ幸せな男」聞き手=伊藤彰彦・寺岡裕治(同上書。2019年7月12日インタビュー)

<参考>
日活ウェブサイトhttps://www.nikkatsu.com/movie/25333.html

玉城入野(たまきいりの)
1968年東京都日野市生まれ。著書『フィクションの表土をさらって』(洪水企画)。詩歌・文芸出版社「いりの舎」代表。
 
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