玉城入野 映画の地層 ③
「必殺シリーズ」の精神(下)


 「必殺シリーズ」とは、なんだったのだろうか。簡単に言ってしまえば、テレビの時代劇ドラマである。こんなことは当たり前なのだが、それだけなら、私は、ひとりのファンとして繰り返し見続けることはあっても、こうして考え、書いたりはしないだろう。そんなふうに思いながら資料を繙いていると、次の文章に出会った。

  「『必殺』はテレビの歴史の中に『説話』の根を下ろしたと自負しています。それは、講談や映画や歌舞伎や小説とは違う土壌にはった根です。」

 これは、「必殺シリーズ」のプロデューサー、山内久司の言葉である。「『必殺』はテレビの歴史の中に『説話』の根を下ろした」とある。しかも、それは、テレビという土壌に張った根、だというのだ。

 江戸時代を背景に、力ある者に虐げられた者の恨みを、金で請け負って晴らす仕置人の活躍を、テレビという土壌で語る。或いは、弱い者たちの暮らしと、彼らを踏み潰してでも自分の欲望を満たしていく者たちの生態(それは現代の投影でもあるのだが)を、仕置人という存在を語り部(媒介)として伝える。

 毎週、同じ時間に、お茶の間に届けられる「説話」。だから、難しく、退屈ではいけない。娯楽番組として、話も面白く、凝った映像や華麗な音楽で視聴者を楽しませ、殺し技も奇抜、実力ある俳優を揃えて見せる。そういった要素の集合体によって語り伝えられる「説話」。

 山内が、「物語」ではなく、あえて「説話」と言ったことに注目したい。字義的には同じ意味なのだろうが、「物語」であれば、それはテレビドラマ全般に当てはまる。しかし、「説話」は、語り伝えられ、人々の心に残り、また伝えられてゆく。そういう意味で、「必殺」は、テレビに「説話の根を下ろした」のである。

 では、これから、特に「説話」らしいと思われる作品を見ていくことにする。それは、シリーズ第8弾『必殺からくり人』の第2話「津軽じょんがらに涙をどうぞ」(脚本:早坂暁、監督:蔵原惟繕、1976年)である。

 真夏の江戸の夜、花乃屋という置屋の女将・仇吉が、小舟に乗って三味線で「津軽じょんがら節」を弾き、茶屋で遊ぶ酔客に聞かせていると、どこかから、その音に重ねるように弾く三味線が聞こえてくる。その強い撥(ばち)さばきに、仇吉は驚嘆する。三味線を弾いていたのは、瞽女(ごぜ)・おゆうだった(瞽女とは、三味線を弾き唱い、門付巡業する盲目の女性の旅芸人である)。

 彼女は、「津軽じょんがら節」を聞いていた酔客たちを待受け、匕首(あいくち)で彼らに斬りかかるが、逆に男たちによって川に突き落とされてしまう。そこへ小舟を流して枕売りをしていた時次郎が彼女を救出して、花乃屋にかくまう。

 一方、花火師の天平は、「菩薩花火」という花火大会の花火師として会合に参加する。そこで花火師たちに、かなりの大金が配られる。その金は「さる御方」が供養のために出しているという。調べると、それは、江戸一番の金貸し・大蔵屋だということが分かった。

 さて、目を覚ましたおゆうは、本当にここは江戸なのかと執拗に尋ねてくる。仇吉の娘・とんぼが話を聞くと、おゆうは、越後から江戸に出てくるのに七年も掛かっていた。道中、親切な人について行くと、江戸ではなく地方の女郎屋だったり、そんなことが何度もあったという。そこまでして江戸に出てきたおゆうの執念を、仇吉と時次郎は、よほどの「恨み」があってのことだと見抜く。

 翌朝、仇吉とおゆうは、向かい合って「津軽じょんがら節」を弾き合う。ここからの場面が、この話の白眉である。障子が開け放たれた居間には、庭から葭簀越しに夏の白い光が差し込み、その空間に向かい合って座る仇吉とおゆうが三味線を弾き始める。

 画面が変わり、不意に越後の雪景色や冬の日本海の風景、喘ぐような、苦しむような、そして涙を流す瞽女の顔、彼女たちが巡業する姿を描いた絵画などが次々と映し出される。これらの絵や版画は、1960年半ばから70年代半ばにかけて旅をして越後瞽女を多く描いた画家・斎藤真一の作品である。「津軽じょんがら節」が流れる中、斎藤の絵がモンタージュされることで、見ている者の気分は、否が応でも瞽女の世界に引き込まれてゆく。

 三味線を弾いているうちにおゆうの顔に汗が滲んでくる夏の江戸と、厳寒の越後の風景を対比させる演出も鮮やかである。弾き終えると、おゆうは「おかげでおっかあに会ったげな気持がしましたぁ」と喜ぶ。そして、彼女の母親も越後高田の瞽女で、色の白い綺麗な女だったことが災いして、父親の名前も分からない自分のような子を産むことになり、流れ瞽女になったのだと語る。

 ちなみに、瞽女は、集団生活をし、厳しい規則と修行があり、男と関係を持った者は厳重に処罰されるとのことである。耐えかねて組織を去った娘は、「離れ瞽女」と呼ばれたという。おゆうの母・おえいも、この「離れ瞽女」(ここでは「流れ瞽女」)である。

 仇吉が、生まれたときから目が見えなかったのかと尋ねると、おゆうは「なぁんも!よぉぐ見えましたぁ!」と言い返す。「おっかあは、よぐ見えねぇふりしろと言って、その方がいっぺえ恵んでくれるはんで。だども、なかなかむずかすくてぇ」と強い訛りで語り続ける。 

 ここで三味線の曲が流れ、画面は、おゆうが幼い頃、雪の降る日、農家の玄関前で門付けをし、二人が唱う姿を映す。そして、母娘が渓流を渡っている画面に切り替わると、再びおゆうが語り始める。「子連れ瞽女だというんで、どこさ行っても貰いはいっぺえあったはんで、雪っこや雨っこの日でねば、せつねえ思いは少なかったぁ」


 その後、とんぼに「いつ目が見えなくなったのか」と問われたおゆうは、思い詰めた表情で「おっかが殺されたときです」と答える。驚いた仇吉が「誰に!?」と聞くと、「それが分からねはんで、悔しくてぇ……。柏崎の荒浜というあたりを旅したったときのことです」というおゆうの語りから、画面は回想シーンに切り替わる。

 母娘は、節約のために、ときどき舟小屋に寝泊まりをしていた。夜、おゆうが目を覚ますと、おえいが知らない男に抱かれていた。体を売っていたのである。果てた男は、「おらあ、銭っこ持っとらんぞ」と顔を背ける。銭はいらないとおえいに言われた男は、雪が薄く積もった浜に出て暴れ始める。こんな生活に反吐が出る、旦那衆にこき使われて嫁も貰えない、旅の瞽女に情けをかけて貰う始末だと、極貧に喘ぐ暮らしを呪詛する。

 そして、三国峠を越えて江戸に出て金を稼ぐのだと野心を吐露する。おえいは男に同情して路銀を渡そうとするが、盲目のために手元が滑り、貯めてあった小判を落としてしまう。それを見た男は、木棒で彼女の頭を殴る。驚いたおゆうが咄嗟に母親に抱きつく。おゆうを巻き込みたくない母は、娘は目が見えないからあなたの顔を見ていないと嘘をつく。再び頭を殴打されておえいは息絶え、金を盗んで逃げようと、おゆうの顔を見た男は、彼女の目が見えていることに気づく。怒った男は、母親が言った通りにしてやると、彼女の目を潰す。おゆうは、本当に孤立無援の瞽女になってしまう。

 仇吉が「その男の名前は分からない?」と問うと、「後から、おっかあの仲間あてに聞かされたです。荒浜村の弥蔵」と答えるおゆうに、「誰もその男を捕まえてくれなかったの?」と、とんぼが問い返す。おゆうは「流れ瞽女が殺されても、昆布が浜に打ち上げられたくらいにしか思ってくれねはんで……」と声を詰まらせる。

「弥蔵のことは、それっきり?」と仇吉が聞くと、「長岡の街で、おっかあから盗んだ銭っこで、とびきりの着物から煙草入れまで揃えて、ええとこの若旦那の恰好で、三国峠に向かったそうで、後はもう……。そんでも、おっかあを殺し、おらの目を潰した男が憎くて、苦労して苦労して江戸さ辿り着いてみたですが、なあんも分からねえ。あとは、おっかあのとこさ行くしかねえと思っておりましたが、津軽じょんがらが聞こえてきました。弥蔵は、おっかあに津軽じょんがらを弾かせて聞いたそうだはんで、じょんがらを聞いている人を弥蔵と決めて……」と言って、おゆうは嗚咽する。

 隣の部屋で一部始終を聞いていた番頭の藤兵ェは、弥蔵のことを調べるべく、越後に向かう。

 一方、時次郎は、大蔵屋から、越後の波が聞こえる特製「波枕」の注文を受け、煎った胡麻を陶製の枕に入れて、越後の波を再現する。彼は、その枕を納めるときに、誰も見たことのない大蔵屋の顔を拝もうと天平を誘う。屋敷に入り、廊下を歩いていた二人は、中庭の池の鯉が跳ねる音に驚く。越後発祥の錦鯉を飼い、越後の「波枕」を注文した大蔵屋が、越後出身者であることを端的に伝える脚本の秀逸さが、ここに見てとれる。

 奧の間で枕の波の音を聞いて郷愁に浸る大蔵屋の顔を、時次郎たちは、襖を不意に開け、隠れていた行灯の灯で大蔵屋の顔を照らす。見えた彼の顔の右半分には、大きな火傷の痕があった。

 聞き込みから戻った藤兵ェの話を聞くべく、からくり人は花乃屋に集まる。勝手口から入った天平は、立て掛けてあったおゆうの杖を倒してしまう。慌てて杖を取ると、そこに「妙音菩薩」と書かれてあった。おゆうは「妙音菩薩様は、瞽女のお守りですけえ」と天平に教える。

 藤兵ェによると、弥蔵はいいところの旦那風の身なりで、前橋の商家・利根屋の若後家の女将をたらし込み、主人の座につこうとする。しかし、番頭が弥蔵の魂胆を見抜き、主人に納まるわけにいかなかったという。そこで、弥蔵は火を付ける。利根屋の人間は皆、焼死し、千両を超える金がすっかり消えてしまっていた。全て弥蔵の仕業だった。

 天平は、弥蔵は火傷を負ったのではないかと推察する。藤兵ェも同じことを思い、前橋から江戸に向かう街道筋を辿る。すると、中山道の深谷宿、年格好は弥蔵、顔にひどい火傷を負った男が、女郎屋を買い取ったことが分かる。そこも、七年前の三月に焼けたという。これも弥蔵の仕業だった。

 中山道の三月は、三国峠の雪がとける月で、越後から江戸へ出稼ぎに出た連中が稼ぎ貯めた金を懐に、国に帰って行く。越後衆は何年も遊びひとつせず、稼いだ思い出に江戸の恐い女郎を買ったりはしない。田舎の深谷の女郎屋に泊まるのだと、藤兵ェは語る。仇吉が「越後の男が、越後衆を殺して……」と、女郎も客も焼き殺した弥蔵の悪行に絶句したとき、明るかった居間は、日が暮れてすっかり暗くなっていた。

 天平は、おゆうの杖を持ってくる。彼は、「間違いない、弥蔵は大蔵屋だ」と言って、杖の「妙音菩薩」の文字を時次郎に見せる。火傷のある顔、越後の「波枕」、「妙音菩薩」と「菩薩花火」という共通項で、弥蔵と大蔵屋が結びついたのだ。からくり人は、弥蔵=大蔵屋を仕置することを決断する。

 菩薩花火当日の夜、からくり人は、お忍びで花火を見に出ていた大蔵屋(弥蔵)の乗った舟を船着き場に導く。自分が殺した者たちの供養に手を合わせていた大蔵屋が、障子の隙間から外を覗くと、船着き場に、編笠を被った三人の女が目に入る。それは、仇吉ととんぼ、おゆうだった。大蔵屋は「瞽女!」と、驚きのあまり、手に力が入って数珠の糸が切れ、珠が床にバラバラと落ちる(ここで再び斎藤真一の絵が挿入される)

 「津軽じょんがら、やらしておくんなさい」という、とんぼの声が聞こえ、三味線の音が響き、障子には三人の影が映る。大蔵屋は障子を開けて、彼女たちと対峙する。恐怖に戦いた大蔵屋は、金なら幾らでも出すから助けてくれと醜く命乞いをするが、仇吉はおゆうに匕首を持たせ、弥蔵を刺し、恨みを晴らす。倒れた大蔵屋=弥蔵は、「越後から出てこねばいがった、越後から出てこねばいがった……」と、ひとり呟いて絶命する。

 貧しさを強いられている地方の人間が、その暮らしから抜け出すために、何人もの同郷人を殺してまで都市に出て金の亡者となるのだが、犯した罪の意識が抜けることはなく、遂には自身を恨んだ人間に殺される。その来し方を悔やむラストには、暗澹とした複雑な気持になる。

 この作品は、恨みの強さ、悪人の罪深さ、その背景にある貧困や差別、貨幣経済がもたらす欲望など、深く重いテーマを持ち、また脚本、映像、編集、音楽、俳優の演技など、全てが調和した秀作である。

 それだけでない。この話は、「説話」としても優れている。おゆうの身に何があったのか、弥蔵がどんな悪事を働いてきたのかを「からくり人」が知るのは、全て「語り」によってであるからだ。なにより、おゆうの発する強い訛りは、いかにも「語り部」然としていて、深く心に残る。そして、彼らが見ていない場面を、視聴者は映像によって見ているという構造になっている。つまり、「テレビという土壌に根をはった『説話』」として、見事に結実した作品なのである。


〈主な配役〉
仇吉(山田五十鈴)、時次郎(緒形拳)、藤兵ェ(芦屋雁之助)、天平(森田健作)、とんぼ(ジュディ・オング)、弥蔵・大蔵屋(岡田英次)、おゆう(中川三穂子)、おえい(中島葵)

〈使用参考文献〉
別冊テレビジョンドラマ『必殺15年のあゆみ』(放送映画出版・1988年)
斎藤真一『越後瞽女日記』(河出書房新社・1975年)
斎藤真一『瞽女物語』(講談社文庫・1977年)

 
玉城入野(たまきいりの)
1968年東京都日野市生まれ。小説「耳鳴り低気圧」で第86回文學界新人賞最終候補。著書『フィクションの表土をさらって』(洪水企画)。詩歌・文芸出版社「いりの舎」代表。
 
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