竹内敏喜 『魔のとき』 
L・Bに倣って 15 (二〇二〇年一一月一二日)

今、くしゃみが出た
きっと父が喜んでいるのだろう…

三日前、通夜を終えて実家に着くと
ポケットに数珠がみつからない
妙泉寺を出てからは駐車場に移動しただけだから
明日、あちらで探せばいいと思った

戻ってくるのがわかっていた
失くした気分にはならなかった

翌朝の告別式
住職が、掃除をしていたらありましたと
数珠を渡してくれる

やがて、還流する読経のさなか
父との思い出が浮かぶと涙がにじみそうになり
大きく呼吸ばかりしていた

父は、出勤中に路上で倒れ
病院へ運ばれたときには心臓が止まっていたから
それこそ死の意識と向き合う時間はなかったにちがいない…

母と、こちらの家族、妹家族の
その八人とともにある空気は
ふしぎに昨日も今日も穏やかにあたたかい

優しかった父とのつながりがしっかりとあり
また父が充分に皆に愛されたからだろう
几帳面でもあった父は息子の数珠を使って自らを弔い
家族の幸福も念じてくれたのかもしれない

秋の朝、その光にお堂が照らされ
仏さまがふいに輝いてみえる、時間のまま

歌劇「フィデリオ」序曲を添え
L・Bのようにこの挽歌を推敲していよう

竹内敏喜(たけうちとしき)
詩人。1972年京都生まれ。詩集に『翰』(彼方社、1997年)、『風を終える』(同、1999年)、『鏡と舞』(詩学社、2001年)、『燦燦』(水仁舎、2004年)、『十六夜のように』(ミッドナイト・プレス、2005年)、『ジャクリーヌの演奏を聴きながら』(水仁舎、2006年)、『任閑録』(同、2008年)、『SCRIPT』(同、2013年)、『灰の巨神』(同、2014年)​​​​​​​。
 
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