竹内敏喜 『魔のとき』以降 
ヴォルフィー変奏 9 (二〇二一年六月三〇日〜)

   
 
   57

自己と世界を分離できていない者としての主体性
いつも見守られていると感じさせる時間
問いが不信にかかわることなく、答えが繰り返される空間
幼い子よ、そのようにして風に乗っていく

流れ流される感覚を理想化しても、社会はおまえを奪い取る
質問攻めで怯えさせ、うちなる答えを握り潰してしまう
保険、投機、ウイルス、AIなど、他者を介して拡大増加する制度に
しがみつかせ、あのやさしげな悪意を、心に染みこませる

   58

五感は外に向けられているため、おのれを感受しにくく
ましてや現在そのものを捉えることはできない
ただ、自身の内面をそっとそっと覗くことによって
現実と呼ばれるものの姿を想像させる

人は、過去と未来を知覚する能力を持つが
創造主には現在として存在する力が備わっている
それは他者のいない広がりであり
歌の失われた、古代文明の廃墟にも似ている

   59

理性においてはじめる者が
愛をともなわせて判断しようとしてもまず成功しない
むしろ愛情ある者が、理知を働かせて行動したときこそうまくいく
そのため前者の社会性の不完全さは、盲信として暴露されよう

おもいやる心を持ってはいても、その相手をみつけられない人
それこそ制度の奴隷となっている証拠だ
彼らは他者による暴力をヒステリックに訴えようとするが
愛情ある者なら美学としても、感受できる

   60

生きつづけるとは死んで再生するということ
けっして不死でありつづけることではない
その言語上の指標としての観念でさえ
そのままの起源や最果てを想定させてはくれない

そのためなのか、一人の人物を信用するとは
その、口にした言葉によって信じることではけっしてない
だれひとり言葉遣いの完全さに追いつくことはできず
自分が何を伝えているのか、正しく知り得ないのだから

   61

目の前の人物よりも、その者の人生を信用することが
永遠らしい永遠だと考えられないだろうか
人を見るとは自己を確認することでしかない
だが、ある人の一生には人生観があらわれていよう

原因としての意味を尊重するまなざしとともに
色分けされ、人は整っていく
人生は、結果としての姿を尊重させるまなざしを
しずかに呼び起こす

   62

銀河系は渦を巻いている
星とガスの円盤のなかを伝わる巨大な粗密波
それが渦であり、音波のようなものだといわれる
その回転はすり切れたドーナツ盤を真似ている

波は、何万光年にもおよぶ衝撃波をうみ
暗黒星雲を圧縮して、たくさんの星を誕生させる
あちらから今、子守唄が響きはじめた
こちらのレクイエムはまだ終わりそうにない

   63

この世で美しいものは風だけだと
心底から感じ
周りにだれがいようとも耳を澄ましている
ヴォルフィーの響きへ

それは懐かしい
それは初めてのよう
それから笑わせ、悲しませて
ここで息をしていることに、気づかせる

竹内敏喜(たけうちとしき)
詩人。1972年京都生まれ。詩集に『翰』(彼方社、1997年)、『風を終える』(同、1999年)、『鏡と舞』(詩学社、2001年)、『燦燦』(水仁舎、2004年)、『十六夜のように』(ミッドナイト・プレス、2005年)、『ジャクリーヌの演奏を聴きながら』(水仁舎、2006年)、『任閑録』(同、2008年)、『SCRIPT』(同、2013年)、『灰の巨神』(同、2014年)​​​​​​​。
 
Back to Top