竹内敏喜 『魔のとき』以降 
ヴォルフィー変奏 6 (二〇二〇年三月二三日〜)


  
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かつて大学で試験監督をしていたとき
しだいに窓がしろく曇り、まだらに掌の跡がうかんできた
真新しいプレハブにとなり合わせだから
おびただしい化石は、くすぐったく

顔を上げない受験生たちを忘れ、自分は自分を遡っていた
危険な状態で生まれ、数週間ほど病院にいたこと
体内の血が
だれのものともわからなくなるくらいに…

  (37)

その人物は一七四〇年のパリを、一八一四年の権力の監視下へと跳ぶ
政治的に混乱した当時、一七九〇年から一〇年ほどは
著作がいくつか出版販売され争って求められたが、厳格な禁止の後
家族の要求で警察により多くの文書が燃や)さ(れた

あわせて二七年にわたる獄中生活は時代の)ど(んな芽を助長したのか
「私に肉欲を断たせて、お前さんたちはすばらしい結果をおさめたと
思っている。それは間違いだ。私の頭を興奮させ、妄想をわき
あがらせたのだから、その妄想を実現しなければなるまい」

  (38)

彼の生死は、かの人物の一生のいわば真ん中に収まっているけれど
なんらかの精神的な接点が二人にはあったのだろうか
母同伴で彼が三度目のパリに着いたのは一七七八年三月のこと
その年、侯爵は七月一六日に脱走、一カ月ほどラ・コストで自由であった

彼の母の病死は七月三日、侯爵が再び捕えられたのは八月二六日
彼がパリを出発したのは九月の末、侯爵は以後一一年間
暗い牢獄に入れられ、やがて精神病院兼牢獄に移送となり
一七九〇年四月に釈放、これ以降は両者とも憑きものの思うがままで

  (39)

かの侯爵の描いた人物の言葉は、ひょっとすると
音楽の状態に対する彼の思いに通じていないこともない
「しばらくの間、わたしを
満足させてくださるあなたの身体の部分を

借用させていただきたいし
もしさしつかえなければ、あなたに
心地よいかもしれぬわたしの部分をお楽しみくださいませんか」
両者ともこの提案が、常軌を逸してると気づきはしなかっただろう

  (40)

ジュリエットが尋ねる、「でも放蕩の気まぐれのため
あなたがその気位の高さから降りてくることはありませんか」
相手は答える、「われわれのようにしっかりした頭脳にとっては
そんな卑下が傲慢さにすばらしく役に立つものです」

そういえば彼は耳の利く聴衆だけを求めた
無理解な者には、いつしか強く簡潔な皮肉を飛ばした
支配を欲したのではない、個でありつつ共有を信じようとしたのだ
まさしく傲慢な洗練ゆえに、貴族からは嫌悪を浴びせられた

  (41)

この国の武烈天皇は残酷な方法で人を殺すなど暴君だったとされている
これは王朝の終りには、カの桀王やインの紂王のように
暴虐な帝王が現れるという中国の思想を真似た虚構ともいう
つまり、ある時代が終わるときの象徴として祭り上げられたらしい

くわえて新王朝の初めには聖天子が現れると考えられている
ならば彼は、技巧を超えた技巧によりバッハを継いだ悪魔であり
楽想なき楽想においてベートーヴェンへと続く天使とも見える
二つの異なる顔を持つこと、それは鏡を本質とする美か

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…冷えた中ジョッキのビール、つまみは季節のもの
さわがしい店のすみのテーブルで
学生によくつき合う二人の言葉の専門家と
現代の文学についての雑談を快く交わしている

異性は話題にならなかった三時間半
沈黙が訪れ、「そろそろ行きましょうか」に連れられる
それはいつものこと
だが、あのとき死ぬまで飲み明かしていたならどんなに良かったか



竹内敏喜(たけうちとしき)
詩人。1972年京都生まれ。詩集に『翰』(彼方社、1997年)、『風を終える』(同、1999年)、『鏡と舞』(詩学社、2001年)、『燦燦』(水仁舎、2004年)、『十六夜のように』(ミッドナイト・プレス、2005年)、『ジャクリーヌの演奏を聴きながら』(水仁舎、2006年)、『任閑録』(同、2008年)、『SCRIPT』(同、2013年)、『灰の巨神』(同、2014年)​​​​​​​。
 
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