竹内敏喜 『魔のとき』以降 
ヴォルフィー変奏 4 (二〇二〇年二月五日〜)


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旅の思い出をたどろう
一九九四年一一月、グァム島
その陽射しは日本の西日に似ていて
まぶしさからあふれる風に台風のせまる夏をおもった

陽が落ちると闇との境界線が引かれる
ホテルの電灯はうずくまるように薄暗い
風呂の排水はわるく、クーラーからは水が垂れ
なにより隣の日本人客がうるさい

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八時過ぎに遅ればせのモーニングコール
快晴、しだいに湿気が強まる
教会の時計はその教えに忠実なのか五時間ほど遅れていて
針の位置に対し、鐘が正確に打つ

観光客向けのレストランはたいていバイキング
同じような料理が並び、味も変わらない
ツアーメニューとはいえバスはその道路を何度も往復し
ホテル着だけは予定通りの一六時

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スターサンド・プライベートビーチへ向かう
低く繁ったジャングルや、軍の門を抜け
海岸に出ると数人ずつ四駆に乗り換え砂地をゆられる
力まかせにヤシは伸び、黒いチョウが前を横切る

波は全体でうねるので浅瀬でも流されそう
潜れば熱帯魚に見入り、スコールが過ぎるとひんやりする
一四時半、ホテル行きのバスはさっさと出発したため
ビーチの臨時バスで送ってもらう

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雲の流れはうつる
流れだけをうつし
海への光が違うと
空への 光は違う

熱帯の 低い木々
遠いホテルの高さ
海の歌がうつると
空の 歌はうつる

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一晩中の雨、午前九時には晴れる
島の道路には貝の成分が多く
水分を含むとすべりやすくなる
そのためバイクや自転車は好まれないという

簡単なペーパーテストと
自分の車で実地試験を済ませば
その日のうちに千円ほどで免許が取れるらしい
あとは、自分の車で帰ればいい…

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バッハの使っていたオルガンを弾く彼の巧みな演奏に感激し
ドーレスが、何か書き残してほしいと頼めば
紙を半分に裂き、一枚には二分音符での三声のカノン
もう一枚には四分音符の三声のカノンが即興で記されていった

一つ目は悲しみに満ち、もう一つは滑稽な調子だが
これらを同時に響かせると不思議な崇高さで皆は驚きに打たれた
「じゃ皆さん、さよなら」
そのしばしの沈黙を破り、彼は急に消えてしまう

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…一五時五〇分をやや遅れ
飛行機は出発する
サイパン経由、暮れていく空
雲のうえ、ちいさな窓から眺める

人のいない夕暮れ… 純粋な黄昏…
美しすぎるという言葉を持つ人類の悲劇をおもう
雨期と乾期のはざまの
四日間の 異邦人として


 
竹内敏喜(たけうちとしき)
詩人。1972年京都生まれ。詩集に『翰』(彼方社、1997年)、『風を終える』(同、1999年)、『鏡と舞』(詩学社、2001年)、『燦燦』(水仁舎、2004年)、『十六夜のように』(ミッドナイト・プレス、2005年)、『ジャクリーヌの演奏を聴きながら』(水仁舎、2006年)、『任閑録』(同、2008年)、『SCRIPT』(同、2013年)、『灰の巨神』(同、2014年)​​​​​​​。
 
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