竹内敏喜 『魔のとき』以降 
ヴォルフィー変奏 3 (二〇二〇年一月一三日〜)


   15

春、スミレ畑は紫のロンド
星の座がめぐり、暑くなってしまえば
花にあつまる虫たちも減るため
スミレはつぼみを開かない

その緑の密室のなかで
雄しべが雌しべに直接くっついて夢をみる
それは自殖による短期的な利益
明日の明日には、みんな滅びるかもしれないけれど

   16

ちょっとした  きっかけ
とりとめもない  かいわ
くりかえされた  しぐさ
ふと  あでやかなかおり

ひとみは ひとみにとまり
ひとくちにのどは キュル
いとしさがあせりとなって
…あのじかんのなつかしさ

   17

かすかな靴のすられる音に
アマガエルの声を聞く
サンルームは暗い
予報ではどしゃぶりが来るらしい

おとこが一〇分間で行く距離を
一時間、かかるひともいる
おとこは六〇分を歩くだろう
…ほほえむ彼女の杖にもなれずに

   18

毎食の適量に
それぞれのおいしいが言えなくて
たったひとりの、ひとを
堕落させたのはこのワタシだ

女は、折り込みチラシのような過去を
重ねつづけ
おとこは自分のいない未来を現在として読もうとした
それは色のきえた生活だった…

  (19)

未亡人の回想によると
彼はまったく灯りのない部屋で眠り
正午まで起きてこなかった
昼食が済むと仕事をはじめるが

それは、ただ紙に書き写すことであって
作品はすでに彼の記憶に刻まれていた
自分の楽しみのためだけなら譜に記す必要はなかった
むしろ音楽は、胎内でこそ幸福感に浸っていた

   20

…おとこが話すと興味なさそう
おとこは女のことばを聞く
女は話をして、と言う
話は、聴かれるべき位置と女のくびを疑う

おちつく女はだれかをバカにしている
抱きしめる腕の
ぬくもりの引いていく予感を知る
あれから二七年も経てば互いのウブさが輝いて見えるか

   21

バドミントンの羽は見つからなくて
てるてるぼうずが代用品
その寂しげな滑稽さを、いくつも打ち上げていた
ことばのための声ではなく

声のためのことばでありたいと
アナタのことよりも
アナタ、と
…その異性に美の無限を感じた瞬間もあった


 
竹内敏喜(たけうちとしき)
詩人。1972年京都生まれ。詩集に『翰』(彼方社、1997年)、『風を終える』(同、1999年)、『鏡と舞』(詩学社、2001年)、『燦燦』(水仁舎、2004年)、『十六夜のように』(ミッドナイト・プレス、2005年)、『ジャクリーヌの演奏を聴きながら』(水仁舎、2006年)、『任閑録』(同、2008年)、『SCRIPT』(同、2013年)、『灰の巨神』(同、2014年)​​​​​​​。
 
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